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  • 鉄鋼材料とは

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    1.鉄鋼材料とは

    図1.1に示すように、鉄鋼材料の主成分は鉄(Fe)であり、そのほかに必ず含まれる元素がある。これらは鉄鉱石や製鋼過程で混入するもので、鉄鋼中の5元素と呼ばれており、炭素(カーボン:C)、けい素(シリコン:Si)、マンガン(Mn)、りん(P)および硫黄(S)がこれに該当する。
    5元素の中でもCはとくに重要な元素であり、鉄鋼材料の硬さやじん性に及ぼす影響が大きい。そのため、炭素の含有量が鉄鋼材料を分類する場合の考え方の基本になる。すなわち、炭素が0.006%以下のものは純鉄(α-Fe)、0.006%を超えるものを鋼(はがね)と呼ぶのが一般的である。このことは、鉄鋼材料といってもそのほとんどが鋼であることを示しており、炭素量としては最大でも2%程度である。それよりも炭素量が多い場合は鋳鉄として用いられている。
    鋼におけるこれら5元素の含有量は、特殊な場合を除いてほぼ決まっており、その範囲は、Cは0.04~1.5%、Siは0.1~0.4%、Mnは0.4~1.0%、Pは0.04%以下、Sは0.04%以下である。

    SiやMnは、鋼中の有害物質の除去を目的として製鋼時に添加されるものであり、有益元素として前述の範囲以上に添加されることもある。
    PおよびSは鉄鋼材料に対しては有害元素であるため、含有量はできるだけ少ないほうが望ましい。Pは鉄鋼材料の遅れ破壊を誘発したり、低温で使用する際にもろくする性質(低温ぜい性)がある。一方Sは鉄鋼材料を高温で使用する際に、もろくする性質(熱間ぜい性)がある。ただし、Sは鉄鋼材料の被削性(切削加工の容易さ)を向上させる働きがあるため、0.3%位まで添加した快削鋼が例外としてある。

    図1.1 鋼の基本構成元素

    図1.1 鋼の基本構成元素

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  • 機械構造用鋼の種類

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    2.機械構造用鋼の種類

    機械構造用鋼とは、一般機械、産業用機械、輸送用機械などの構造用材料として用いられるもので、キルド鋼から製造されており、使用する際には機械加工や熱処理が施される。構造用鋼としては、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼および焼入性を保証した構造用鋼がJIS規格でも規定されており、炭素含有量や添加されている合金元素によって分類されている。


      C Mn Cr Mo
    SCM435 0.33

    ~0.38
    0.60

    ~0.90
    0.90

    ~1.20
    0.15

    ~0.30
    SCM435H 0.32

    ~0.39
    0.55

    ~0.95
    0.85

    ~1.25
    0.15

    ~0.35

    (1) 機械構造用鋼のJIS規格

    機械構造用鋼としては、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼および焼入性を保証した構造用鋼がJISで規定されている。鋼種別のJIS記号は図1.2に示すように、炭素含有量および添加されている合金元素の種類や量によって英字および数字の組み合わせで構成されている。 最近では、国際規格(ISO)との整合性を図るために、鉄鋼材料全般にわたってJIS規格の再確認または改正が活発に行われている。機械構造用炭素鋼は2000年に再確認されており、H鋼や機械構造用合金鋼は2003年に改正されている。

    機械構造用鋼としては、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼および焼入性を保証した構造用鋼がJISで規定されている。鋼種別のJIS記号は図1.2に示すように、炭素含有量および添加されている合金元素の種類や量によって英字および数字の組み合わせで構成されている。

    最近では、国際規格(ISO)との整合性を図るために、鉄鋼材料全般にわたってJIS規格の再確認または改正が活発に行われている。機械構造用炭素鋼は2000年に再確認されており、H鋼や機械構造用合金鋼は2003年に改正されている。

    機械構造用鋼に関する大きな改正点は、表1.1に示すように、機械構造用合金鋼の鋼種別に規定されていたJIS G 4102~JIS G 4106(1979)が統合廃止されてJIS G 4053(2003)に置き換えられていることである。しかも、SCM425が追加されて38種類から39種類になり、一部の鋼種については、ISO規格と整合するようにCr量とMo量の化学成分規制値も一部変更になっている。

    H鋼については、SCM524Hが追加されて23種類から24種類になり、しかも一部の鋼種についてはMn量の化学成分規制値が一部変更になっている。

    図1.2 機械構造用鋼におけるJIS記号の構成

    図1.2 機械構造用鋼におけるJIS記号の構成

    表1.1 機械構造用鋼におけるJIS規格の確認または改正状況


    鋼種 JIS(1979) 確認または改正 備 考
    機械構造用炭素鋼 S–C G 4051 G 4051

    (2000確認)
    とくに変更なし
    焼入性を保障した構造用鋼材(H鋼) G 4052 G 4052

    (2003改正)
    一部Mn量変更
    機械構造用合金鋼 SNC G 4102 G 4053

    (2003改正)
    一部についてCr量,

    Mo量変更
    SNCM G 4103
    SCr G 4104
    SCM G 4105
    SMn,SMnC G 4106
    アルミニウムクロムモリブデン鋼 SACM G 4202 G 4202

    (1994確認)
    とくに変更なし

    (2) 機械構造用炭素鋼

    機械構造用炭素鋼とは、炭素(C)を0.10~0.60%含有するもので、一般にはSC材と呼ばれており、SとCの間に数字が表示されている。この数字は規定されているC量の代表値(中間値またはその近似値)を示しており、例えばS45Cの炭素量は0.42~0.48%である。このC量は平衡状態(完全焼なまし)のときの硬さの目安になるものであり、一般にはC量が多いほど高い硬さが得られる。この理由は鋼中では炭素は鉄と化合して硬質の炭化物(セメンタイト:Fe3C)を形成するためである。

    (3) 機械構造用合金鋼

    機械構造用合金鋼とは、0.12~0.50%の炭素のほかに表1.2に示すような種々の合金元素を適量添加したものである。これら合金元素の添加は鋼の性質に多大な影響を及ぼすため、使用する際には炭素量とその合金元素の種類や量が選定目安になる。

    ①高い硬さが必要なときはC量の多い鋼種を選ぶ
    ②高い引張強さが必要なときはC量が多く、CrやMoを含有する鋼種を選ぶ
    ③高いじん性が必要なときはC量が少なく、NiやMnを含有する鋼種を選ぶ
    ④高い引張強さと高いじん性の両方が必要なときはCr、MoおよびNiすべてを含有する鋼種を選ぶ
    ⑤大型部品で内部強度まで必要なときはMn、Cr、Moなどを多量含有する鋼種を選ぶ

    例えば、要求される引張強さが800MPa以下の小型部品であればS45C程度でも良いが、800~1000MPaが必要であればSCM435やSCM440を、1000MPa以上が必要であればSNCM439を使用するほうがじん性まで加味した場合には有利である。しかし、いずれの場合も焼入れ焼戻しとの組み合わせによってはじめて性能が発揮されるのである。ただし、MoやNiを含有する鋼種の利用は材料コストが高騰するため、過剰品質にならないように考慮し、要求に応じた最適鋼種の選定と熱処理をうまく組み合わせなければならない。

    表1.2 機械構造用合金鋼に添加されている合金元素の種類と量


    鋼種 合金元素の種類と添加量(%)
    名称 記号 Mn Cr Ni Mo
    クロム鋼 SCr 0.60~0.85 0.90~1.20
    クロムモリブデン鋼 SCM 0.30~1.00 0.90~1.50 0.15~0.45
    ニッケルクロム鋼 SNC 0.35~0.80 0.20~1.00 1.00~3.50
    ニッケルクロムモリブデン鋼 SNCM 0.30~1.20 0.40~3.50 0.40~4.50 0.15~0.70
    マンガン鋼 SMn 1.20~1.65
    マンガンクロム鋼 SMnC 1.20~1.65 0.35~0.70

    (4) 焼入性を保証した構造用鋼

    焼入性を保証した構造用鋼とは、化学成分はあまり重視しないで、焼入れした際の表面硬さだけでなく、内部への硬さの推移まで保証したものである。主な用途は肉厚の大型部品である。鋼種記号は、機械構造用合金鋼の記号の末尾にH(焼入性:Hardenability)を付けて表すため、通称H鋼とも呼ばれている。

    例えば、図1.3はSCM435Hの表面から内部への硬さ推移曲線を示したものであり、上限と下限が規定されている。なお、この硬さ推移曲線はJIS G 0561の鋼の焼入性試験方法(一端焼入方法)によるものである。H鋼はこの硬さ推移曲線を重視しているため、図中に示したように、SCM435Hの化学成分のうちC、Mn、CrおよびMoの規制値はSCM435に比べて範囲が広い。


      C Mn Cr Mo
    SCM435 0.33

    ~0.38
    0.60

    ~0.90
    0.90

    ~1.20
    0.15

    ~0.30
    SCM435H 0.32

    ~0.39
    0.55

    ~0.95
    0.85

    ~1.25
    0.15

    ~0.35

    図1.3 SCM435Hの硬さ推移曲線およびSCM435との成分規制値の比較

    図1.3 SCM435Hの硬さ推移曲線および SCM435との成分規制値の比較

  • 硬さと機械的性質の関係

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    3.硬さと機械的性質の関係

    機械部品の機械的性質を決定する主因は硬さであり、その値から機械的性質を推定することができる。そのため、機械部品の設計図面では必ず硬さを指定しており、その指定された硬さを得るべく熱処理が実施されるのである。機械的性質とは、強さとじん性のことで、前者は引張強さ、ねじり強さ、曲げ強さなど、後者は伸び、絞り、衝撃強さ、たわみ量などで比較されている。この強さとじん性は逆の傾向を示すことが多く、同一材料であれば強さの大きいものはじん性は小さいのが普通である。

    鋼種や熱処理条件にはあまり関係なく、硬さと引張強さとの間には図1.4(近似的硬さ換算表から作図)に示すような近似的関係があるため、硬さを測定すれば引張強さを推定することができる。ただし、この図は0.6mass%以下の炭素を含有する鋼の焼なまし材や調質材に適用されるもので、高い硬さが要求される工具鋼には適用できない。

    例えば、もっとも軟質な実用鋼は100HV位の硬さであるから、図1-4から明らかなように、その引張強さは300N/mm2程度であることが分かる。また、要求される引張強さが1000 N/mm2であれば、材料選定や熱処理によって300HV位の硬さにすればよい。

    図1.5はS48CおよびSCM435について、730~850℃から焼入れ後、200~650℃で2時間焼戻しを行い、引張試験およびねじり試験を行った試験結果である。ただし、このときの引張試験およびねじり試験片としては、表面と中心部が同一硬さになるように図1.6に示すような平行部の直径は12mmのものを用いた。なお、焼入加熱は窒素ガス雰囲気中で行い、加熱時間は20分とした。また、焼入冷却は硬さの均一化を図るため、S48Cは水冷、SCM435は油冷とした。

    材質や熱処理条件に関係なくすべての値をプロットしたところ、硬さと機械的性質はほぼ直線関係を示すことが確認された。しかも、引張強さ、降伏点、せん断強さ、伸びおよび絞りすべての値について硬さによって推定できるといえる。ただし、A1変態点とA3変態点の中間の温度から焼入れしたとき(図中の白抜き記号)の焼入組織はマルテンサイト+フェライトの二層組織であり、A3変態点以上の温度から焼入れしたもの(図中の黒記号)は均一なマルテンサイトを呈していたものである。

    図1.4 硬さと引張強さの近似的関係

    図1.4 硬さと引張強さの近似的関係

    図1.5 S48CおよびSCM435の硬さと機械的性質の関係

    図1.5 S48CおよびSCM435の硬さと 機械的性質の関係

    図1.6 引張試験およびねじり試験片

    図1.6 引張試験およびねじり試験片

    しかし、硬さは同じであっても衝撃値は熱処理条件だけでなく、合金元素の種類や量、結晶粒度などにも大きな影響を受けるため、硬さのみによる推定は不可能である。

    図1.7はS48CとSCM435の焼入れ焼戻し後の硬さと衝撃値の関係を示したものである。このときの試験片はJIS Z 2202の4号試験片を用い、シャルピー衝撃試験によって測定した結果である。なお、このときの熱処理条件は図1.5の試験片と同様である。SCM435については、フェライトが残存しているもの(760℃から焼入れ)と通常の焼入条件のもの(850℃から焼入れ)も比較したが、前者のほうが若干高い値が得られている程度であり、両者間には明確な優位差は認められなかった。ただし、鋼種間には大きな差が認められ、しかもその差は硬さが低いものほど大きくなる傾向を呈している。以上のことから。強靭性が要求されるのであればこの両者間ではSCM435を選定すべきであることが分かる。

    図1.7 S48CおよびSCM435の硬さとシャルピー衝撃値の関係

    図1.7 S48CおよびSCM435の硬さと シャルピー衝撃値の関係

  • JISによる機械的性質の比較

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    4.JISによる機械的性質の比較

    前項では試験片による機械試験結果を基に硬さと機械的性質の関係を述べたが、ここではJISにて解説されている機械的性質付表から材料選定について考えてみる。表1.3に各種機械構造用鋼のJIS規格(1979)の解説付表による焼入れ焼戻し後の硬さおよび機械的性質を示す。

    炭素鋼において、硬さ、引張強さおよび降伏点は炭素量が多いものほど高い値が得られる。また、炭素量が少ないものほど伸び、絞りおよび衝撃値は高い値が得られ、じん性の点では有利であることが分かる。

    さらに、炭素鋼と合金鋼との間には歴然とした機械的性質の差が認められる。炭素鋼の降伏点は引張強さに対して70~75%程度の値であるが、合金鋼の降伏点は80~90%にも達しており、強度的には合金鋼のほうが圧倒的に有利であることが分かる。また、硬さは炭素鋼と同程度もしくはそれ以上の値であっても、合金鋼のほうが衝撃値や絞りは高い値を呈しており、じん性に関しても有利であることが分かる。

    また、合金鋼における合金元素の種類も機械的性質に影響を及ぼしていることが分かる。SCM440とSNCM439は高張力鋼として強靭性が要求される機械構造用部品によく用いられている。この二種類の鋼種は炭素量は同程度であるが、含有する合金元素の種類が異なっている。しかも、ほぼ同一条件の焼入れ焼戻しを施した場合、表1.3から明らかなように、得られる硬さと引張強さも同程度である。しかし、降伏点、伸びおよび衝撃値はSNCM439のほうが高い値が得られており、強靭性の点ではSCM440よりもかなり有利であることが分かる。これは合金元素としてのNiの効果であり、強度とともにじん性も重視するのであれば、SNCM439は最適鋼種といえるのである。

    表1.3 焼入れ焼戻しした各種機械構造用鋼の機械的性質


    鋼種 焼入れ 焼戻し 引張強さ

    (MPa)
    降伏点

    (MPa)
    伸び

    (%)
    絞り

    (%)
    衝撃値

    (J/c㎡)
    硬さ

    (HB)
    温度

    (℃)
    冷却 温度

    (℃)
    冷却
    S35C 840

    ~890
    水冷 550

    ~650
      569以上 392以上 22以上 55以上 98以上 167

    ~235
    S45C 820

    ~870
    686以上 490以上 17以上 45以上 78以上 201

    ~269
    S55C 800

    ~850
    785以上 588以上 14以上 35以上 59以上 229

    ~285
    SMn443 830

    ~880
    油冷 急冷 785以上 637以上 17以上 45以上 78以上 229

    ~302
    SMnC443 932以上 785以上 13以上 40以上 49以上 269

    ~321
    SCr440 520

    ~620
    932以上 785以上 13以上 45以上 59以上 269

    ~331
    SCM440 530

    ~630
    981以上 834以上 12以上 45以上 59以上 285

    ~352
    SNCM439 820

    ~870
    580

    ~680
    981以上 883以上 16以上 45以上 69以上 293

    ~352
    SNC631 820

    ~880
    550

    ~650
    834以上 686以上 18以上 50以上 118以上 248

    ~302

    *直径25mmの試験片を焼入れ焼戻ししたもので、引張試験(4号試験片)および

    シャルピー衝撃試験(3号試験片)によるものである。

  • 結晶粒度と諸特性との関係

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    5.結晶粒度と諸特性との関係

     鉄鋼材料は結晶の集合体であり、この結晶同士の境界面は結晶粒界と呼ばれ、それに囲まれたものが結晶粒である。この結晶粒の大きさを結晶粒度といい、この大きさが鉄鋼材料の諸特性を大きく左右する。熱処理は加熱と冷却の組み合わせであり、このときの加熱条件や冷却条件が結晶粒度に多大な影響を及ぼす。例えば、焼なましや焼入れ時の加熱温度が必要以上に高かったり、加熱時間が長かったりすると、結晶粒は粗大化して脆くなってしまう。

    鉄鋼材料の結晶粒にはフェライト結晶粒とオーステナイト結晶粒があり、これらの結晶粒度試験方法がそれぞれJIS G 0552およびJIS G 0551に規定されている。これらのJIS規格では、結晶粒度(G)と断面積1mm2当たりの結晶粒の数(m)との関係式はm=8×2Gが成り立つとしている。

    このJIS規格のフェライト結晶粒度試験方法は、炭素含有量0.25%以下の鋼を適用範囲としており、オーステナイト温度までは昇温していないときの焼なまし状態の結晶粒度を判定する。また、オーステナイト結晶粒度試験方法は、オーステナイト化温度以上の熱処理(焼入れ、焼ならし、浸炭焼入れなど)またはオーステナイト系ステンレス鋼などの固溶化熱処理を行ったときの結晶粒度を判定するもので、粒度番号が5以上の鋼を細粒鋼、5未満の鋼を粗粒鋼としている。

    表1.4に結晶粒度と諸特性の関係を示す。一部の特性を除いて細粒鋼のほうが良好な特性を持っており、とくに衝撃値などじん性に関しては絶対的に有利である。この結晶粒の粗大化にともなうじん性の低下は、深絞り加工など塑性加工を行う際にはとくに注意すべき問題である。すなわち、中間焼なましにおいて過剰焼なまし(加熱温度が正規温度よりも高温)を施したため、十分に軟化しているにもかかわらず塑性加工によって亀裂を生じる例もある。また、すべての鋼において硬さが同一であっても焼入温度が高くなるほど衝撃値が低下することは、結晶粒の粗大化も一因になっているのである。

    さらに、大形機械部品の焼入温度は小物部品の場合よりも若干高めにしたほうが十分な焼入硬さを得るためには有利であるが、これは結晶粒が大きくなると焼入性が向上することが起因しているのである。また、アルミキルド鋼は焼入硬化しにくいといわれるが、これは結晶粒微細化元素であるアルミニウムが結晶粒の成長を抑制するためである。

    表1.4 結晶粒度と諸特性の関係


    焼なまし状態 焼入れまたは焼入れ焼戻し状態
    性質 細粒鋼のほうが

    (粗粒鋼よりも)
    性質 細粒鋼のほうが

    (粗粒鋼よりも)
    被削性 あまり良くない 最高焼入硬さ 無関係
    常温加工性 良好 焼入性 あまり良くない
    加工仕上面 良好 焼入変形 生じにくい
    引張強さ やや低い 焼割れ 生じにくい
    降伏点 やや低い 研削割れ 生じにくい
    伸び 大きい 残留オーステナイト 少ない
    絞り 大きい 内部応力 小さい
    衝撃値 大きい 衝撃抵抗 大きい
  • 機械構造用鋼の焼入れ焼戻し

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    6.機械構造用鋼の焼入れ焼戻し

    (1) 焼入条件の選定

    機械構造用鋼の持っている最高の特性を発揮させるためには、理想的には焼入れによって完全なマルテンサイト組織にすることである。機械構造用鋼はすべてが亜共析鋼であるので、適正焼入温度はA3変態点よりも30~50℃高い温度であり、鋼種が決まれば自ずと焼入温度も推測がつく。考え方としては処理物が大物の場合は高めの温度を選定するとよい。なぜならば、大物は焼入れ冷却のときの冷却速度が遅くなるため焼きが入り難くなるが、高めの温度で加熱すると焼入性が向上するため、焼きの入りやすさの点で有利になるからである。また、焼入れ冷却の際に水のような冷却能の大きい冷却剤を使用する場合は低めの温度を選定し、冷却能の小さい冷却剤を使用する場合には高めの温度を選定するとよい。

    例えば、S45CのA3変態点は780℃位であるから、焼入温度範囲は820~870℃が理想である。図1.8に各温度から焼入れしたときのS45C(直径25mm、高さ15mm)の顕微鏡組織写真を示すように、この焼入温度範囲から焼入れした場合にのみ正常なマルテンサイト組織が得られている。以下に図1.8を用いて各温度から焼入れした際の金属組織と特性を説明する。なお、この内容については同寸法の他の機械構造用鋼でもほぼ同様の結果が得られる。また、処理物の大きさが異なると、鋼種間の質量効果も異なることを考慮しなければならない。

    図1.8 種々の温度から焼入れしたS45Cの顕微鏡組織

    図1.8 種々の温度から焼入れしたS45Cの顕微鏡組織

    ①A1変態点とA3変態点の中間の温度(750℃)から焼入れしたとき

    金属組織はマルテンサイトとフェライト(写真では白色部)の混合組織であり、十分な焼入硬さは得られない。平衡状態図からも明らかなように、この温度における加熱状態ではオーステナイトとフェライトの混合組織を呈している。この状態から急冷するとオーステナイトはマルテンサイトに変態して硬化するが、フェライトはそのまま室温まで維持されてしまう。



    ②適正温度(850℃)から焼入れしたとき

    この温度で加熱すると完全なオーステナイト組織になるため、急冷によって正常なマルテンサイト組織が得られている。しかし、この温度から焼入れしても冷却速度が遅くなる(室温の油による冷却)とマルテンサイトのほかに微細パーライト(写真では黒色部)も観察される。微細パーライトとは、冷却過程でセメンタイトが析出したもので、一種の不完全焼入れ部であり、焼入硬さの低下や硬さむらの原因になる。



    ③適正温度よりも100℃高め(950℃)から焼入れしたとき

    この温度で加熱すると完全なオーステナイト組織になっているが、加熱温度が高すぎるため、急冷によって粗大化したマルテンサイト組織が得られている。このマルテンサイトはラスマルテン(板状マルテンサイト)と称されるもので、焼入硬さは最も高いが機械的性質は脆く、焼割れも生じやすいため、この温度はS45Cの焼入条件としては不適当である。

    以上の内容は直径25mm、高さ15mmという非常に小さい試験片のときにいえることである。すなわち、試料の質量が増加すると冷却速度が遅くなるため、焼入性の悪い材料は図1.8のような焼入温度に依存した理想的な金属組織を得るのは困難である。とくに炭素鋼であるS45Cなどは直径が25mmであっても高さが増加すると、水冷を行っても中心部は理想的には硬化しない。

    一例として図1.9に直径25mm、高さ50mmのS45Cについて、種々の冷却剤を用いて焼入れしたときの表面および中心部の硬さを示す。水冷を行っても中心部の硬さは表面よりも大幅に低い値になっており、さらに冷却剤がソルト(SQ)や油(OQ)のときは表面硬さも低い値になっている。比較のために同一寸法のSCM435についても同様の試験を行ったところ、すべての冷却剤に対して中心部まで硬化しており、S45Cよりは大幅に焼入性が優れていることが確認された。また、本図においては冷却剤の冷却能の違いも明確に現れており、水、ソルト、油の順に冷却能が優れているといえる。

    図1.9 種々の冷却剤を用いて焼入れしたときの表面および中心部の硬さ

    図1.9 種々の冷却剤を用いて 焼入れしたときの 表面および中心部の硬さ

    (2) 焼戻条件の選定

    機械構造用鋼は、焼入れ後の焼戻しによって機械的性質を調整して用いられている。多くの機械構造用部品にはじん性が要求されるため、機械構造用鋼の焼戻しは500~650℃の高温で行われるのが普通である。しかし、高い引張強さを要求される場合には、それよりも低い温度で焼戻しを施すこともある。図1.10は850℃から焼入れ後、種々の温度で2時間焼戻ししたSCM435について引張試験を行った結果である。焼戻温度が高いほど硬さと引張強さおよび降伏点は低下するが、伸びおよび絞りは高くなり、じん性が向上することが分かる。なお、他の機械構造用鋼もすべて同様の傾向を呈する。

    図1.11に850℃から焼入れ後550℃で焼戻ししたSCM440の顕微鏡組織を示す。この顕微鏡組織に関しても他の機械構造用鋼も同様であり、顕微鏡組織では鋼種を判別することはできない。このときの金属組織は通称ソルバイトと呼ばれており、走査型電子顕微鏡像からも明らかなように、フェライト生地の中に多量のセメンタイト(微細粒子)が析出している。このソルバイトはじん性に富んでおり、機械構造用鋼の標準的な調質組織である。

    また、350℃位の温度で焼戻したときの金属組織は通称トルースタイトと呼ばれており、フェライトと微細なセメンタイトの混合体である。機械構造用鋼はこの温度で焼戻しされる例はほとんどないが、ソルバイトよりも硬く、酸にエッチングされやすいので、金属組織を現出する際には低濃度のエッチング液を用いるほうがよい。

    図1.10 SCM435の焼戻温度と機械的性質の関係(焼入温度:850℃)

    図1.10 SCM435の焼戻温度と機械的 性質の関係(焼入温度:850℃)

    図1.11 850℃から焼入れ後、550℃で焼戻したSCM440の顕微鏡組織図1.11 850℃から焼入れ後、550℃で焼戻したSCM440の顕微鏡組織

    図1.11 850℃から焼入れ後、550℃で焼戻したSCM440の顕微鏡組織

  • まとめ

    熱処理技術講座 >> 熱処理機械構造用鋼の選び方と熱処理特性

    7.まとめ

    以上述べたように、機械構造用鋼には炭素鋼と合金鋼があり、引張強さに関しては所定の硬さを得るべく熱処理を実施すればほとんど問題は生じない。しかし、衝撃値に関しては合金元素の影響が大きいため鋼種の選定が最重要である。また、質量が大きい部品の場合は、設計する際には質量効果を十分に念頭に入れ、使用する材質と強度計算におけるパラメータを決定しなければならない。JIS規格でも、強度等の数値を規格から除外する傾向にあるが、その点を懸念しているからである。

  • 焼入性試験(ジョミニー試験)

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第20章 焼入性試験(ジョミニー試験)

    焼入性試験(ジョミニー試験)

    鋼の焼入性試験方法
    (一端焼入方法)
    (JIS G0561)  

    鋼を焼入れするとある深さまで硬化します。硬くなる深さは同じ大きさの鋼材でも、 合金成分やオーステナイト結晶粒の大きさなどによっても異なります。焼入性とは焼入硬さの大小ではなく、どの位まで深く硬くなったかを示す特性です。つまり、C鋼のごと 焼入鋼は表面の硬さは上昇しますが、浅くしか硬くなりません。SKDやSKHなどは空冷でも内部まで硬化します。この場合前者のような鋼を焼入性が悪い、後者を焼入性が良いと云います。機械構造用鋼の中でH鋼は、焼入試験で硬化能(Hバンド)が保証された鋼材です。試験片としては、焼ならし材からφ25×100mmの丸棒に加工します。これを所定の温度に加熱した後、5~30℃の水温で少なくとも10分間一端を焼入れし、その後は空冷でも水冷でかまいません。焼入れが終了したら、試験片の180度隔てた位置を試験片全長のわたって、厚さ0.4mm平面研削をします。これは脱炭の危険性があるからです。そして焼入端から1.5mm、その後は5mmの間隔で硬さを、両面ともロックウエル硬さ試験機又はビッカース硬さ試験機で測定し、焼入性曲線を作ります。なお、焼ならし、焼入温度は含有されているC%、Ni%などによって異なります。

    冷却剤の冷却能曲線
    硬さ測定(Uカーブ)による冷却能曲線

    焼入れした鋼の硬さは一般的に、化学成分やオーステナイト化温度、結晶粒の大きさなどによって決まるものだけではありません。鋼材のマス(質量)によっても異なります。つまり、同一鋼材でも大きさによって硬さが異なり、太くなるほど焼入れによる効果が小さくなります。この効果の異なることをマスエフエクト(質量効果)と云います。同一鋼材を焼入れした場合、太くなるほど焼きの入り方が少なくなる鋼を、質量効果が大きいと云います。試験片寸法を変えた同一鋼材を焼入れし、軸の半分から切断し、その断面の硬さを求めると、U曲線が得られます。冷却速度を一定にして各鋼種につき試験すれば、鋼の焼入性が評価され、試料のサイズを一定にして各種冷却剤について行えば、冷却剤の冷却能が評価できます。

  • 鋼の火花試験方法

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    第21章 鋼の火花試験方法

    鋼の火花試験方法
    (JIS G0566)

    火花による鋼材の簡易鑑別法には、種々な方法がありますが、このうちJISではグライイダーを用いた方法が規定されています。この試験方法は、鋼種が不明な場合の推定、又は異材が混入した場合の鑑別を目的としています。目視観察だけに相当の経験が必要ですが、火花の出る原理、火花の特徴などつかめば簡単な鑑別は容易にできます。必要な用具はグラインダー、砥石、補助器具、標準試料などです。JISでは色々なことが規定されていますが、要は観察に必要な火花が十分に放出でき、観察に支障が無ければ良いでしょう。試験片をグラインダーに押し付ける圧力は、0.2%C鋼程度の炭素鋼で、火花が500mm程度になるようにし、いつも同一条件で試験することが大切です。火花を観察する場合は、根本、中央、先端の各部にわたり、流線の色、明るさ、長さ、太さ、数、また、破裂に対しては形、大きさ、数、花粉の有無、流線の角度、手応え、音など注意深く1本1本詳細に観察します。グラインダーに試験片を押しつけた時、削り取られた小さな鋼片は、かなり高い研削熱が発生します。この小片が空気中を飛んで行く途中で、酸素と反応しさらに高温となり破裂します。したがって、耐熱性、耐酸化性に優れた鋼種は火花が出にくく、炭素鋼などは鋼中のCと酸素が反応してCO又はCO2ガスとなって破裂するわけです。これが原理です。

  • 硬さ試験

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    第22章 硬さ試験

    硬さ試験

    硬さの物理的意義はなかなか難しく、決まった定義はありませんが、簡単に云えば[一物体の硬さとは他の物体で押しつけたとき示す抵抗の大きさ]と云うことにあります。したがって、この試験機も原理に基づくものが大部分で、JISでもこの種の硬さ試験機と試験方法が規定されています。以下簡単に各種の硬さ試験機について解説しましょう。

    (1)ブリネル硬さ試験方法
    (JISZ2243)

    他の硬さ試験機に比べて、試験荷重が大きく、また、くぼみも大きく試料の平均的硬さを求めるのに適しています。したがって、素材、圧延材、鍛造品、鋳物などの硬さ試験に向いています。また、くぼみが大きいことから薄ものや完成品には不向きです。試験荷重は29.42kNまでの圧縮荷重が加えられ、荷重機構によって色々な種類があり、通常は油圧型とてこ型が多く用いられています。鋼球又は超硬合金球の圧子を用い、試験面に球分のくぼみを付けたときの試験荷重とくぼみの表面積から求めた硬さで、HBで表します。

    (2)ビッカース硬さ試験方法
    (JISZ2244)

    圧子の形は正四角錐で、くぼみの形は常に相似形です。したがって、硬さが均一な同一試料では、どの荷重を選んでも得られる硬さは変わりません。試料や目的に応じて試験荷重が自由に選べます。小さい試料や薄い試料、脱炭層、残留オーステナイトなどの非常に微小な部分、又は浸炭層、窒化層など表面からの硬さ分布など細かく求めることができ、微小試料の検査には最も威力を発揮しています。対面角が136のダイヤモンド正四角錐圧子を用い、試験面にくぼみを付けたときの試験荷重とくぼみの表面積から求めた硬さで、HVで表示します。なお、実際には熱処理工場では荷重の小さいマイクロビッカース硬さ試験機が多用されています

    (3)ロックウエル硬さ試験方法
    (JISZ2245)

    この試験機は3段階の試験荷重とダイヤモンド、鋼球圧子の組合せによって広い範囲の硬さ測定に利用されています。個人誤差や測定誤差が少なく、しかも圧痕が比較的小さく、熱処理した仕上げ品の硬さ測定に適しています。この試験機は硬さのスケールが30種類ありますが、一つのスケールで試験する硬さの範囲が限られ、硬い材料から軟らかい材料まで、同一スケールで比較することはできません。例えば焼入れ品と焼なまし品あるいは純銅などは、異なるスケールで試験することになり、これらの関係を直接比較することはできません。

    (4)ショアー硬さ試験方法
    (JISZ2246)

    小型軽量でどこでも持ち運びができ、操作が極めて簡単であり、しかも非常に短時間で硬さ値が得られます。また、他の試験機ではできないような大型試料でも試験ができ、くぼみも小さく完成品の硬さ測定に適しています。また、尺度は一種類ですから軟らかいものから硬い焼入れ品まで測定ができます。しかしながら、測定条件に左右されやすく、個人誤差、測定誤差が出やすいので精度良く測定するには、熟練が必要です。また、原理的に反発硬さであることから、ヤング率が同じような材料の硬さは比較できますが、著しく異なる場合は比較できません。例えば鋼の場合は焼入れ品でも焼なまし品でも比較できますが、消しゴムが鋼より硬いと云う矛盾も出てしまいます。
    硬さの表示はHSで表します。