アーカイブ: 熱処理技術講座

  • 鉄鋼材料の誕生

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第1章 鉄鋼材料の誕生

    (1)銑鉄を造る

    溶鉱炉(高炉)に鉄鉱石、コークス(燃料及び還元剤)、石灰石など交互に炉中に入れ、炉の下方から熱風を吹き込みます(約2000℃)。 この時CO2よりもCOガスが多くできます。このガスが炉中を上昇して鉄鉱石を還元しFe(鉄)にします。 主に用いられる鉄鉱石は磁鉄鉱(Fe3O4)、赤鉄鉱(Fe2O3)、かっ鉄鉱(2Fe2O3・3H2O)であり、これがC(炭素)やCOガスによって還元されFeとなわけです。 これを溶銑又は銑鉄と云い、この銑鉄を造ることを製銑と呼んでいます。この銑鉄は3~4%のCと他の不純物元素を含み、一部は(2%程度)は鋳物用銑として用いられますが、大半は製鋼用です。

    (2)銑鉄から鋼を造る

    製鋼炉で銑鉄から鋼を造ることを製鋼といい、鋼を造るには銑鉄と、くず鉄(スクラップ)、鉄鉱石、石灰石など一緒にして製鋼炉で溶かします。昔は製鋼炉に平炉が主に使われていましたが、最近では転炉が主流です。 銑鉄にはCが非常に多く、また、Si(シリコン:けい素)やMn(マンガン)、P(りん)、S(硫黄)などの不純物も多く含まれているため酸化除去する必要があります。 この酸化除去の役目を果たすのが鉄鉱石(酸化鉄)や酸素であり、この操作を精錬(リファイニング)と云っています。 さらに精錬が終わった溶鋼中には酸素や窒素などのガスが多く存在しているので、酸素を除くためにフェロシリコン(FeSi)やフェロマンガン(FeMn)を、また、窒素を除去するためにAl(アルミニウム)を入れて脱酸をします。

    (3)造塊と化学分析

    製鋼の終わった溶鋼はとりべから鋳型に流し込み、インゴット(鋼塊)にします。これを粗鋼と呼びます。脱酸の程度によってリムド鋼、キルド鋼、セミキルド鋼の3種類に分けることができます。 リムド鋼:Cの他に酸素も数百ppm含まれている溶鋼に、フェロマンガンを添加して軽く脱酸しただけで製造した鋼です。気泡の外側はCも不純物も少なく、圧延しても表面傷の発生が少なく、また、内部の気泡は圧着するため板、棒、管などに用いられ、溶接性も良好です。しかしながら、切削すると内部の傷が出やすいので、高度な信頼性が要求される機械構造用部品には不向きです。したがって、一般的な圧延鋼材や形鋼あるいはブリキ、トタンなどを作る熱延鋼板やプレス加工用打抜き冷延鋼板などに多く用いられています。 キルド鋼:SiやAlで十分脱酸して製造した鋼です。頭の収縮部は切捨てるため歩留まりはあまり良くありませんが、品質はリムド鋼よりは良く、均質で不純物や気泡も少なく、高級な部材として用いられています。 セミキルド鋼:リムド鋼とキルド鋼の中間で脱酸した鋼であり、性状も両者の中間なため、レールや厚鋼板などに多く用いられている鋼です。 いずれの鋼においても、圧延用のものは正方形(条鋼用)、長方形(条鋼、鋼板用)、平形などがあり、また、鍛造用では六角形、八角形、丸形が多いようです。重さは30~50kgfと小さいものから、20数トンのものまで種々あります。各種の造塊を造る場合、化学成分を決定するためとりべ分析を行いますが、JIS「鋼の検査通則」では1溶鋼ごとの全鋳込みの中間のインゴットから行うことになっています。分析用試料はφ25×100mm位の丸棒が適しています。

    (4)粗鋼から製品までの工程

    インゴットを加工して製品にするには、圧延、鍛造、鋳造の3種類がありますが、鋳鋼や鍛鋼にする割合は1%位で、ほとんどが圧延鋼材として用いられています。

    (5)連続鋳造法

    溶鋼からインゴットを造らずに、鋳型の変わりに断面が長方形の鋳型に湯をついでやり、出てきたところで水をスプレーで冷やすと連続的に帯や丸棒ができます。 この帯や丸棒を切断すれば板材になったり、丸材になったりします。これを連続鋳造又は連鋳と云っています。現在SKHやSKDなどの高級材料までこの方法で造られています。

  • 鉄鋼材料の名前

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第2章 鉄鋼材料の名前

    (1)名前の付け方の一般的なルール 

    ①最初の部分・・・・材質・・S(Steel=鋼)、F(Ferrum=鉄)
    ②次の部分・・・・・・規格名、製品名、用途、添加元素の符号、C量
    ③最後の部分・・・・種類(番号、最低の引張り強さ)

    (2)実 例

    SS41・・・・・(鋼(Steel)・ストラクチュラル(引張り強さ)、σB41kgf/mm2)
    S45C・・・・・(鋼・0.45%・炭素(C))
    SCr440・・・(鋼・クロム(Cr)・440)
    SCM435・・(鋼・クロム・モリブデン(Mo)・435)
    SNCM220・(鋼・ニッケル(Ni)・クロム・モリブデン・220)
    SMnC443・(鋼・マンガン(Mn)・クロム・443)
    SK3・・・・・・(鋼・工具・3種)
    SKS2・・・・(鋼・工具・スペシャル・2種)
    SKD11・・・(鋼・工具・ダイス・11種)
    SKH51・・・(鋼・工具・ハイスピード・51種)
    SUP9・・・・(鋼・ユース(用途)・スプリング・9種)
    SUJ2・・・・(鋼・ユース・軸受・2種)
    SUS304・(鋼・ユース・ステンレス・304種)
    SUH3・・・・(鋼・ユース・ヒート・3種)
    SC42・・・・(鋼・キャスト(鋳込み)・σB42kgf/mm2)
    SF50・・・・(鋼・フォージング(鍛造)・σB50kgf/mm2)
    FC40・・・・(鉄・キャスト・σB40kgf/mm2)
    FCD70・・・(鉄・キャスト・ダクタイル・σB70kgf/mm2)

    (3)JIS機械構造用鋼の記号

    S ○○○   □     □□    ○
    鋼 主要合金 主要合金元  平均 付加記号
    元素記号 素量コード  C%

  • 鉄鋼材料とは

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第3章 鉄鋼材料とは

    (1)どんな状態で納入されるか

    製鋼メーカあるいは鋼材問屋から、素材が納入される場合、どんな状態で納入されるか、知ることは部品に機械加工をしたり、熱処理を行う場合重要なことです。一般的には鋼材に添付されているミルシートによって確認ができますが、その履歴が不明な場合も少なくありません。鋼材と納入時の記号については、一般鋼材は圧延のまま、Rの状態で納入されます。これは熱間圧延後空冷をした状態です。空冷だから焼ならしNと勘違いをしてはいけません。N品はR品を再加熱して空冷を行い、結晶粒を調整したものです。R処理の段階で冷却速度を調節し、所要の硬さと強さにした鋼を非調質鋼と云い、熱処理を行わないで用いる鋼です。組織はパーライトです。調質を行った同じ強度のものと比較すると、じん性が若干劣ります。
    冷間鍛造用鋼やSUJなどは球状化焼なまし(HAS)の状態で納入されます。丸棒の場合が多いのでこのまま使用しますが、熱間鍛造や熱間圧延などで板状にした場合は、炭化物が網状になっていることがあり、再度球状化焼なまし行う必要があります。これは焼割れや焼曲がりを防止する目的です。Aと記されている鋼は焼まなし材です。一般的にはこのまま使用しますが、機械加工や冷間加工などしたものは、応力除去焼なましSRすることが必要です。なお、前述した焼ならし材もそのまま使用しても良いが、硬すぎて機械加工が困難な場合には、テンパ(ノル・テン)をして硬さをコントロールすることも大切です。Cの鋳造品はそのままの状態で用いますが、拡散焼なましか応力除去焼なましを行って使用した方が安全です。また、F記号の鍛造品はこのままで用いますが、より安全性を求めるなら、N又はA処理を行った方が望ましいでしょう。

    (2)種々な鉄鋼材料とその特性

    まず、鉄鋼材料の種類とその特性について、概略な知識を得ておきましょう。

    JISでは鉄鋼を次にように区別しています。鉄は前述した銑鉄、合金鉄、鋳鉄の3つ、鋼は普通鋼、特殊鋼、鋳鍛鋼です。さらに普通鋼は条鋼、厚板、薄板、鋼管、線材、線のような形状別に、また、特殊鋼は合金鋼、工具鋼、特殊用途鋼などのように性状別に分類されています。このように種々分類されていますが、基本的には前述したC量によって鉄、鋼、鋳鉄の3つに分けているに過ぎません。鉄にC、Si、Mn、P、Sの5元素が含まれた鋼を炭素鋼又は普通鋼と云います。この普通鋼にNi、Cr、Moなどの特殊元素が添加されて、特殊な性質を示すような鋼を特殊鋼と呼んでいます。特殊鋼の内、焼入れ・高温焼戻し(調質)を行って使用するものを合金鋼、工具に用いるものを工具鋼、特殊用途に使う鋼を特殊用途鋼と云っています。表7は鉄鋼材料を分類したものです。以下各種の鋼材について、その特徴を概略解説しましょう。 

    普通鋼材
    • 一般構造用圧延鋼材(SS材)
      • この鋼はJISで決められている鋼材の内で、最も多く使用されているものです。特にSS400の使用量が多く、主要部材を除くほかは、多くの機械及び構造部材として鋼板、平鋼、棒鋼、形鋼などとして用いられています。最近では製鋼の技術レベルアップから品質も安定し、溶接性においてもSS410は板厚50mm以内ではそれほど問題になることはありません。ただ、溶接性や低温じん性について保証する検査が行われていませんので、粗悪品が混入する危険性があります。SS500、550は原則として溶接をしない部分に使用するのが安全です。SS材はPとSが規定されているだけで、他の元素は規定されていません。したがって、実際に使用する場合には、次式によって計算をします。

        引張り強さ(Mpa)≒20+100×C%

      • また、C%が低いため浸炭焼入れして使われることが多く、特にSPCC(冷間圧延鋼板)は浸炭焼入れして機械部品に用いられています。SS材はリムド鋼から作られていますので、浸炭焼入れ時に硬さむらや結晶粒の粗大化が生じて、ぜい化することがありますので要注意です。
    • 溶接構造用圧延鋼材(SM)
      SS材の次に多く用いられている鋼種です。SM材の特徴は溶接性に優れていることです。そのため、C、Si、Mn%を規定しています。BとC種は衝撃試験を行って、ある値の低温じん性を保証していますので、心配する必要はありません。しかしながら、SM500以上では溶接に十分な注意と熱処理が必要です。
    • 高張力鋼材(ハイテン)
      • 高張力鋼の定義や規格はJISにはありませんが、引張り強さ60N/mm2以上、降伏点30N/mm2の鋼を対象にしています。現在は60、100、150Mpa級のハイテンもあります。SM材もハイテンの1種です。
    合金鋼材
    • 機械構造用炭素鋼材(S-C材)
      • 炭素鋼はSS材よりも不純物が少なく、製鋼法にも注意をし、熱処理をして用いることになっています。熱処理には焼ならし、焼入れ・焼戻し(調質)、高周波焼入れ、浸炭焼入れなどがあります。S-C材のC%は0.08~0.61%まで、つまり、S10C~S58Cまでの鋼です。これより高いC%量になるとSK材になります。また、S9CK、S15CKが浸炭用として規定されていますが、Kとは高級(Kokyu)のKです。
    • 構造用合金鋼材(SA材:A=Alloy)
      • この種の鋼は種類も多く、一般的には調質あるいは浸炭、窒化などを施して用います。つまり、熱処理による機械的性質の改善効果は、化学成分や部品の大きさなどによって異なりますので、目的とする性質と大きさなどの点を考慮し、適当な鋼種を選ぶことが大切です。CrやMo、B(ボロン)を含むものは、焼入性が良いので大型部品用に、また、Niを含むものはじん性が要求される場合に適しています。なお、この種のグループには焼入性を保証したH鋼があります。調質を行って用いるSA材は、単に化学成分のみが指定されているのではなく、焼入性も指定して適材適所に使用しています。H鋼は所要の焼入硬さが確実に得られる鋼として保証されているのです。また、この種の鋼には非調質鋼と云うのがあります。これは熱処理加工専門メーカにとっては大変な痛手です。熱処理が必要ない鋼なのです。一般的にSC材やSA材は調質を行って用いますので、調質鋼と云いますが、この鋼にV、Nb(ニオブ)、Tiなど少量添加(これをマイクロアロイと云います)し、圧延の時冷却速度を調整すると所要の強度が得られるのです。調質がいらない鋼と云うことで非調質鋼と呼んでいます。省エネ、コストダウン用材料として自動車、建設機械用部品などに賞用されています。まだJIS化はされていません。
    工具鋼材
    • 工具用炭素鋼材(SK材)
      • この種の鋼は機械構造用部材としては殆ど用いられず、多くの場合耐摩耗用部材として使用されています。SK材はC%によってSK1~SK7まで規定され、C量が多いほど小さい数字です。一番使いやすいのがSK5です。これは一番焼きが入りやすく、耐摩耗やじん性に優れているからです。いずれの鋼種においても、素材の状態では球状化焼なまし材であり、耐摩耗の場合は焼入れ後低温焼戻し、また、強じん性が必要な場合は高温焼戻しで用います。
    • 合金工具鋼(SKS、SKD)
      • SK材にW、Cr、Mo、Vなどの特殊元素を添加した鋼です。添加されている元素の種類と量の相違によって、耐摩耗用、耐衝撃用、耐不変形用、耐熱用などに分けられています。いずれの場合も球状化焼なましの状態で納入され、硬い複炭化物が存在しています。主に金型や工具類に多用されています。
    • 高速度鋼(SKH)
      • W系(Tタイプ)とMo系(Mタイプ)の2種類があります。以前はW系が主流でしたが、最近では耐摩耗性、耐熱性、強じん性ともに備わったMo系が多く用いられています。焼入温度は鋼種によって若干異なりますが、高いのが欠点です。しかしながら、優れた焼戻し軟化抵抗やじん性が得られるため、高級な金型や工具として広く用いられています。
    特殊用途鋼材(SU材)
    • ステンレス鋼(SUS材)
      • ステンレス鋼には次の4種類があります。
        • マルテンサイト系(13Cr系)・・・・・・焼入れし硬くして用います。磁性があります。
        • フェライト系(18Cr系)・・・・・・・・・・軟質なステンレス鋼です。磁性があります。
        • オーステナイト系(18-8系)・・・・・耐食性用です。磁石に付きません。
        • 析出硬化系(PH系)・・・・・・・・・・・・析出硬化させて使用します。磁性があります。
      • マルテンサイト系は、焼入硬化して用いる鋼で、主に耐食性が要求される刃物用工具や機械構造用強力部材に使用します。(SUS440、SUS420J2など)
      • フェライト系のステンレス鋼は、軟質なため塑性加工に適し、特にSUS430は高温における耐酸化性に優れています、また、熱膨張係数も小さく、耐熱耐食用機械部材として多用されています。
      • オーステナイト系のステンレス鋼は、耐食性が最も優れています。-150℃以下の温度でサブゼロ処理するとマルテンサイトに変態し硬化します。代表的なSUS304は約1050℃から水中急冷を行うと、組織がオーステナイトとなりますが、450~850℃で再加熱すると、耐食性が劣り粒界腐食を起こすようになりますので要注意です。また、本来は非磁性ですが、常温で冷間加工を行うと、磁性を持つようになります。磁性を嫌うような場合は100~150℃で温間加工を行えば大丈夫です。
      • 析出型ステンレス鋼は、17-4PH(SUS630)と17-7PH(SUS631)の2つがあります。いずれも固溶化熱処理(S処理)後析出硬化処理(H処理)をして用います。
    • 高C-高Cr軸受鋼材(SUJ材)
      • 球状化炭化物が均一に分布した鋼で、耐摩耗性に優れ各種のベアリングに多用されています。SUJ2は一般的ですが、SUJ3はMnが含まれているので、厚肉大物に適しています。
    • ばね鋼材(SUP材)
      • 一番良く用いられているのがSUP6と9です。耐衝撃や耐疲労性に優れています。Siが若干多めに添加されていますので、残留オーステナイトが生成し易い鋼です。
    • 快削鋼材(SUM材)
      • 一般の鋼よりも快削性を向上させた鋼を快削鋼と云います。快削性を上げる元素には種々なものがありますが。快削鋼として用いられているのはS、Te(テルル)、Pb(鉛)、Se(セシウム)などです。これらを単独にあるいは2種以上を添加して用いています。低C鋼をベースとしたものが多いため、主に快削性が主体で、強度の高い部材にはあまり使用されていません。

    この他鋳鋼、鋳鉄が幾つかありますが省略しました。興味のある方は他の参考書を勉強して下さい。

  • 鉄鋼中の元素の役割

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第4章 鉄鋼中の元素の役割

    (1)Cの役割(鉄鋼の主役)

    純鉄にCを添加した場合、その量によって鉄、鋼、鋳鉄の3つに分類されることは既に述べました。なぜ最高でも2.1%と少ない量でもCのみの添加で区別するのか、これは硬くなったり軟らかくなったりする性質が一番強いからです。Cそのものは硬くはありませんが、鋼中に入るとFe3Cの炭化物となり、硬くかつ引張り強さも大きくなります。つまり、1%のCはFe3Cに換算すると硬さを15%も増加させ、強さも980Mpa以上向上させる働きがあのです。

    引張り強さ(Mpa)=100×C%+20

    硬さ(ショアー)=20×C%+20(焼なまし)

    焼入硬さ(HRC)=30+50×C%

    のような関係式があります。また、物理的性質もC含有量の相違によって異なります。

    溶融温度:Fe中のC%が増えるほど→低くなる

    熱膨張係数: 〃 →小さくなる比 重: 〃 →小さくなる

    熱伝導度: 〃 →小さくなる

    電気抵抗: 〃 →大きくなる

    JISでは鋼をC含有量で普通炭素鋼と炭素工具鋼に区別しています。一般には次のように区別しています。

    C0.2%以下→極軟鋼

    C0.2~0.3%→軟鋼

    C0.3~0.5%→半硬鋼

    C0.5~0.8%→硬鋼

    C0.8~1.5%→最硬鋼

    2)特殊元素の役割(調味料の効果)

    実用鋼に含まれる元素はCのみではなくSi、Mn、P、Sがあり、Cを含めたこれらの元素を鋼の5元素といい、鋼の基本をなす元素です。添加量はC0.04~1.5%、Si0.1~0.4%、Mn0.5~0.8%、P0.04%以下、S0.04%以下の鋼が正常と云われています。さらにこの中により高い硬さ、より高い強さ又は耐摩耗性、耐疲労性、耐食性などの向上のためにCr、Mo、W(タングステン)、V(バナジウム)、Ni、Co(コバルト)、B、Ti(チタン)などの特殊元素を加えます。以下鋼中に添加されている各種元素の役割について簡単に記述しておきましょう、

    C:硬さ、強さを増加させる最も重要な元素です。

    Si:硬さ、強さを増す元素、Si1%に付き引張り強さ約98Mpa上昇します。

    Mn:良く焼きが入るようなり、強じん性を与える働きをします。

    P:有害な元素であり、寒いときに鋼をもろくする性質があります。つまり、冷間ぜい性を起こしやすく、偏析を生じやすい元素の1つです。

    S:Pと同様有害元素です。Pとは逆に赤めたときにもろくする性質があります。これを熱間ぜい性と呼んでいます。

    Cr:耐摩耗性、耐食性を増加させる元素です。また、浸炭を促進し、焼入れし易くする働きもあります。

    Mo:焼きの入る深さ(焼入性)を増加させる最も優れた元素。高温における結晶粒の粗大化を防ぎ、高温引張り強さも上昇させます。Cr、Mn、Wなどと一緒に添加されるさらに効果的です。

    Ni:低温における耐ショック性を増加させ、また、耐食性を向上させる働きもあります。

    V:結晶粒を細かくし強じん性を与え、さらに硬い炭化物を形成するため耐摩耗性の向上にも役立ちます。

    W:高温における軟化抵抗が大きく、Vと同様硬い炭化物を形成します。また、Moと同じ作用しMo1%とW2%が大体同じ効果があります。

    Co:鋼中に溶け込み熱に強い性質、つまり、赤熱軟化抵抗を増大させる元素です。

    B:0.003%以下の添加だけで良く焼きが入る性質を与える元素です。

    Ti:焼きを入りにくくする元素、ただし、ステンレス鋼に添加されると耐食性が増加します。

    以上簡単に鋼中の添加元素の役割について簡単に述べましたが、これらの元素はフェライト中へ固溶するもの、また、炭化物を形成し有効に作用するものとがあります。Ni、Co、B、Mo、Crはフェライト中に固溶して強じん性、耐熱性、焼入性、耐食性などの向上に付与し、Cr、Mo、V,Ti、Wなどは硬い炭化物を形成し耐摩耗性の向上に役立ちます。

  • 熱処理を知る前に

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第5章 熱処理を知る前に

    (1)金属原子の並び方(結晶構造の話し)

    金属材料からできている色々な部品の諸特性は、基本的には添加されている合金元素の種類と量によって変化しますが、加熱、冷却条件などによっても、硬くなったり軟らかくなったり、伸びたり縮んだり、また、錆びやすくなったりします。このように諸特性がどうして変わるのか、どのように変わるのか、熱処理技術を学ぶ前に基礎的な知識として、金属原子の並び方や加熱、冷却によってどのような変化をするのか、理解しておくことが大切です。

     気体や液体は原子が自由に飛びまわり、決まった形を取っていませんが、人が規則正しい細胞の並びによって成り立っているように、固体における鉄鋼材料もまた鉄固有の原子が規則正しく配列をしています。この原子の規則正しい並び方を結晶格子と云います。他にもまだありますが一般的には、体心立方格子、面心立方格子、稠密六方格子の3種類のタイプに大別されています。ボール1個の大きさは直径が1億分の2~3cm(1億分の1cm=10-8Å:オングストローム)位であり、金属は結晶体ですから、このボールが三次元的に規則正しく並んでいるわけです。

    体心立方格子(bcc):ボールの中心は立方体の8つの角と、その中心に1個計9個です。実際には(b)のようになっているため単位格子が持つ原子数は合計2個です。

    面心立方格子(fcc):ボールの中心は立方体の8つの角と、6つの面の中心に配置されています。実際には(d)のようになっているため合計で4個保有していることになります。いずれの場合も、ちょうど角砂糖のようなサイコロ状になっています。一辺を稜と云い、その長さをnm(ナノメートル)という単位で測定すると、bccの場合は0.286nm、fccは0.366nmです。これは1cmの長さを東京から大阪まで引伸してやっと角砂糖の大きさです。もう1つ稠密六方格子と云うのがありますがが、熱処理関係では高圧下で興味の有る格子です。しかしながら、一般的な熱処理では直接関係がないので省略しました。

    (2)鉄原子の並び方(変態の話)

    常温における鉄は体心立方結晶構造の並び方をしています。このような結晶構造を金相学的にα鉄(アルファ鉄)、金属組織的にはフェライトと呼んでいます。このα鉄は912℃までは安定ですが、これより温度が高くなると面心立方結晶構造のγ鉄(ガンマー鉄)に変わります。γ鉄をオーステナイトと呼び、さらにこのγ鉄は1394℃までは安定した状態を示しますが、それ以上の温度から融点までの間では、再び体心立方結晶構造のδ鉄(デルター鉄)に変化します。このように結晶構造が体心から面心、面心から再び体心に変化することを変態と呼び、変態する温度を変態点と云います。また、この変態を同素変態と呼んでいます、したがって、鉄には同素変態が3つあることになります。この他α鉄はさらに780℃において強磁性体から常磁性体になり、磁力が失われます。この変化は原子中の電子状態が変わるのみであり、同素変態と区別して磁気変態と呼んでいます。表8は各変態における原子密度と格子常数を示したものです。また、α鉄は前述したごとく、高圧になると稠密六方結晶構造のε鉄(イプシロン鉄)に変化します。この変態は高圧下でA3変態点が低温側へ移動する現象です。超高圧、超高温、超真空などにおいて、特殊な加工を行う場合や特殊な用途を考る場合には必要かも知れません。

    (3)固溶体

    常温の鉄を加熱して温度を上昇させると膨張します。しかし、ある温度になると突然収縮します。また、温度を下げてくると加熱の時と逆な現象が現れます。これは前述したように(bcc)構造の鉄が、ある温度に達すると突然(fcc)構造の鉄に原子配列が変わるからです。つまり、α、γ、δの3つの鉄がα⇔γ⇔δに可逆的に変化するからです。いずれの変態においても、固体内において温度の変化によって原子の配列(並び方)が変わる現象です。実際の鉄鋼材料においては、鉄という固体の中に固体のC、Mo、Cr、Si、Mn、などが溶け込んでいる状態です。このように固体の中に固体が溶け込んでいる状態を固溶体と云います。固溶体を作る場合、2通りの方法があります。1つは(a)のように侵入型固溶体と呼ばれるもので、結晶格子のすき間に元素が侵入する形です。鉄鋼材料の場合、侵入できる元素はCの他H(水素)、B、N(窒素)、O(酸素)の5つだけです。これらはいずれも鉄の原子間隔(格子常数)よりも小さい原子を有するため、容易に侵入することができるわけです。侵入する位置はすき間の大きい所であり、bccの場合は面とボディの中心とのすき間、fccの場合はボディの中心に入ります。後述する浸炭や窒化、ボロナイジングなどの表面硬化熱処理ができるのはこれらの元素が侵入できるからです、また、この現象は一般的な熱処理技術においても、重要な事柄ですからしっかり頭に覚えておきましょう。

    もう1つは(b)のような置換型固溶体と呼ばれるものです。鉄原子よりも大きいため、侵入することができません。したがって、鉄原子の位置と入れ替わる形です。実用鋼に添加されているMoやCr、W、V、Mn、Ni、Coなどの元素はすべて置換型で固溶体を作っているのです。

    (4)拡散

    0.77%Cを含む共析鋼の金属組織は、常温ではCをほとんど固溶していないフェライトとFe:C=3:1の比率であるFe3Cの化合物から成っていることは、すでにお話ししました。この鋼を723℃以上の温度に加熱すると、0.77%Cを固溶した均一なγ鉄になります。そのためには、濃度の高いところから低いところへ、C原子が移動しなければなりません。砂糖水の場合はスプーンで撹拌すれば簡単に混ぜることができますが、鋼の場合はそうはゆきません。鋼の場合は温度を上げて熱振動を与えるか、原子の空孔を増やしてやるかどちらかです。このようにして原子の移動を助けます。この原子の移動を拡散と云います。原子の移動は前述した侵入型、置換型固溶体を作る時ににています。例えば朝の朝礼で男の子、女の子がきちんと縦列で並んでいます。この状態が乱れて男女が入り混じってきちんと縦列で並んでいる。この現象が拡散現象です。バラバラではいけません。元素によって移動する速度、つまり、拡散速度が異なりますが、Cは温度が高い方が(浸炭)、また、Nは温度が低い方が(窒化)速いのです。

    (5)凝固

    金属が溶けている状態を融体といい、この状態では金属原子は自由に動き回っています。温度が下がってくると原子は自由を失い、原子同志が結びつき合うようになります。この時結びつき方は不規則ではなく、規則正しく結合します。これを単位格子又は核といい、ぶつかり合うまで成長します。成長する方向は最初できた核の方向によって決まり、ぶつかり合ったところで留まり、そこが境界となります。この境界を結晶粒界、また、多角形の1つ1つを結晶粒と呼び、凝固速度が速いほど結晶粒が細かくなります。結晶粒内は樹の枝のようになっているため、樹枝状晶(デンドライト)と云っています。これは先に凝固した樹枝状の部分はCやその他の元素の濃度が少なく、後で凝固する樹枝状間には、逆にこれらの元素や不純物が濃縮されているためです。このように添加した合金元素や不純物が、不均一に分布していることを偏析と呼んでいます。結晶には単結晶と多結晶とがあり、1個の結晶だけでできているものを単結晶、また、無数の微細な結晶から成り立っているものを多結晶と云っています。一般に結晶粒が微細なほど強さもじん性も大きくなるので、この結晶粒の大きさを定量的に測定することが、良く行われています。結晶粒の測定方法については、後で詳しく解説しましょう。

    (6)鉄-炭素系平衡状態図

    鉄-炭素系平衡状態図について理解をするためには、相と変態について知識を深めることが大切です。変態については若干触れましたので相について簡単に解説しておきましょう。私たちの身の回りにある物質は、気体、液体、固体の3つの集合状態で存在しているものが多くあります。例えば水がそうです。水蒸気になったり、液体になったり、固まって氷になったりします。これらをそれぞれ気相、液相、固相と呼んでいます。鉄の場合は固相の状態です。前述した変態は加熱・冷却によって可逆的に結晶構造が変化する、つまり相変化をしたわけです。人が何かハプニングがあった時に顔色が変わりますね。人相が変わったのです。これと同じように、相が変わると同じ成分でありながら、異なった性質を示します。炭素などにおいても砂糖、黒鉛、ダイヤモンド皆同じで同素変態の典型的な例です。この相についてはまた後述しますので簡単にしておきましょう。
    純鉄にCやMn、Si、Cr、Moなど種々な元素を加えると、その種類と量によって異なった性質が得られます。これは合金を作るからです。合金を作る場合、成分割合によって溶けている状態から、固まって常温になっている状態をグラフに表したものが状態図です。鉄鋼材料の基本となるFe-C系二元の状態図では、横軸にFeとCの成分割合(Wt%=重量%)、縦軸に温度(℃)を取っています。つまり、この図はFeにCの添加量を変えた場合、加熱・冷却をゆっくりと行った時、何度で溶けて何度で固まったか、また、何度で相変化が起こるかを図示したものです。鋼中のCは大体の場合固溶した状態ですから、Fe3C(セメンタイト呼び、炭化物の1種でFeとCの化合物)かまたは黒鉛(C)の形で存在しているかどちらかです。

  • 鉄鋼材料の組織とその特徴

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第6章 鉄鋼材料の組織とその特徴

    (1)加熱・冷却に伴う組織の変化

    前にS点で0.77%C鋼を、オーステナイト状態から冷却すると、フェライトとセメンタイトが同時に析出することを共析変態と呼ぶと云うお話をしました。したがって、この0.77%C鋼を共析鋼と云います。これよりC%が少ない鋼を亜共析鋼、多い鋼を過共析鋼と呼んでいます。これらの鋼は本質的にはフェライトとセメンタイトから成る組織ですが、C含有量の違いによって異なった模様を呈します。簡単にお話しましよう。

    まず、オーステナイト状態に加熱した亜共析鋼を冷却すると、A3線でフェライトが析出し始め、A1点まで冷却されてくると、その量が増加してきます。この析出したフェライトを初析フェライトと呼びます。残りのオーステナイトはA1点で共析変態を生じます。白い部分が初析フェライト、黒いところが共析変態によって生じたフェライトとセメンタイトです。フェライトとセメンタイトは共析変態によって、交互に析出するため層状を呈しています。この層状組織をパーライトと呼んでいます。黒いパーライトを囲むように白いフェライトが観察されます。また、過共析鋼では、Acm線でセメンタイトを析出します。このセメンタイトを初析セメンタイトと呼びます。析出過程は亜共析鋼の場合と同じです。つまり、炭素鋼をオーステナイト状態から、適当な速度で徐冷したときの組織は、純鉄ではフェライト1相ですが、C量が増加するにしたがいパーライト量が増え、約0.77%Cの共析鋼で全部がパーライトとなります。さらにC量が増加すると、パーライトと初析セメンタイトの混合組織となり、セメンタイトは結晶粒界にネット状に析出するようになります。 一般的に鉄鋼材料を加熱する場合は、加熱速度にはあまり関係なく、加熱温度に依存します。例えば亜共析鋼をA1とA3変態の間に加熱すれば、フェライトとオーステナイトの2相組織となり、また、過共析鋼ではA1とAcmの間に加熱すれば、オーステナイトとセメンタイトの2相組織となります。いずれの場合もA3、Acm以上の温度に加熱すれば、オーステナイト1相です。つまり、加熱によって1相の安定相でも、2相の不安定相の場合でも、1原子ずつ新しい結晶格子に並び変わったり、C原子が拡散する場合でもある程度の時間が必要となります。したがって、加熱速度よりもむしろ温度と時間のファクターが大きいのです。

    冷却の場合は、加熱の場合と異なり、冷却速度の違いによって複雑な変化を示します。共析鋼を加熱・冷却した場合変態の起こる様子を長さの変化についてまず、(a)の徐冷(炉冷)では、冷却変態Ar1の膨張が加熱変態Ac1より僅かに下がるのみで、大きな差は認められません。これは焼なましに相当するもので、組織的には亜共析鋼の場合はフェライト+パーライト、共析鋼ではパーライト、過共析鋼の場合はセメンタイト+パーライトです。(b)のように空冷を行うと、Ar1変態が過冷されてAr′と呼ばれる変態がやや低い温度で起こります。つまり、オーステナイトが冷却の途中で、新しい結晶格子に並び変わる時に若干の時間がかかります。そのため冷却速度を速くすると、過冷されてより低温で変態が起こるようになるわけです。これが焼ならしです。得られる組織は(a)の場合と同じです。なお、過冷されたオーステナイトを過冷オーステナイト又は準安定オーステナイトと呼んでいます。(c)の油冷の場合は空冷よりもさらに冷却が速くなるため、Ar′変態が低下します。この変態は途中でとまり、残りのオーステナイトはさらに低温(250℃付近)で硬い麻の葉状のマルテンサイトに変化して、大きな膨張を起こします。この変態をAr″変態又はMs点(マルテンサイトがスタート)と呼んでいます。組織はAr′で軟らかい微細なパーライトが、また、Ar″で硬いマルテンサイトが生ずるため、軟硬混合晶となり、不完全焼入れの一種となってしまいます。なお、Ar′変態で生ずる微細なパーライトは、主に結晶粒界に優先的に析出します。水冷の(d)はさらに速い冷却のため、Ar′変態は完全に阻止されAr″変態のみが起こり、全部が硬いマルテンサイトとなり膨張をします。これが焼入れです。写真5は焼入マルテンサイト組織を示したものです。マルテンサイト変態は、主としてオーステナイトの化学成分によって決まる温度(Ms点)で始まり、温度が下がるにつれて進行し、マルテンサイト量も増加します。共析鋼などでは常温まで冷えたとき、オーステナイトは少量残るだけで、ほとんどがマルテンサイトに変態します。少量残ったオーステナイトを残留オーステナイトと云い、常温以下まで冷却を続ければ、マルテンサイトへの変態も引続いて進行をします。共析炭素鋼では-100℃付近で変態が終了します、この終了温度をMf点(マルテンサイト変態がフィニッシュした)と云います。このように常温以下に冷却してより多く、マルテンサイトに変態させる操作をサブゼロ処理と云っています。なおMs点は次式によって表すことができます。

    Ms点(℃)=550-350×C%-40×Mn%-35×V%-20×Cr% -17×Ni%-10×Cu%-10×Mo%-5×W%+15×Co%+30×Al%

    (2)等温変態曲線(T.T.T曲線又はS曲線)

    Fe-C系平衡状態図は鉄鋼材料を扱う者にとっては、非常に大切なことがらですが、実際の熱処理作業においては、等温変態曲線の方がもっと重要です。つまり、Fe-C系平衡状態図は極めてゆっくりと加熱・冷却を行った場合の組織の変化、変態など表したものですが、焼入れなどのごとく急速冷却によって、いかなる組織が生ずるか、また、変態が生ずるかと云うことを知ることはできません。したがって、むしろ冷却によって生じた過冷オーステナイトが、いかなる温度でどのような組織に変化して行くかを知ることが大切です。この過冷オーステナイトの変態あるいは安定度を一つの図で表したものが等温変態図、Sの字に似ているのでS曲線とも呼んでいます。また、T.T.T曲線、I.T曲線とも云います。縦軸に変態温度、横軸に変態に要する時間を、特に横軸は短時間内での変態を詳しく、また、全体的に長時間までの変態を表すように対数目盛り(log)で表示しています。等温変態曲線の求め方は、

    • 1)顕微鏡組織観察、硬さ測定から求める方法法
    • 2)変態による熱膨張の変化から求める方法
    • 3)磁気的性質の変化により求める方法
    • 4)電気抵抗の変化を測定する方法
    • 5)X線により求める方法

    などがあります。この内最も一般的に行われているのが、(1)の組織学的方法です。

    オーステナイト状態に十分加熱した試料を変態点以下の所定の温度、例えばT1の温度に保たれた熱浴中へ全試料を投入し、ある一定時間保持した後(P1、P2、・・・・Pn)取り出して急冷をします。この試料を顕微鏡で観察すると、変態した組織と未変態組織とに区別することができます。この変態割合を(変態開始-終了まで)を時間と温度の関数で表すと、ちょうどS字形になるのです。左側の黒い部分が過冷の未変態オーステナイト、右側の白い部分が変態時間の間隔を表しています。この曲線から過冷オーステナイトが、最も変態を起こしやすい温度と最も起こしにくい温度が2ずつあることがわかるでしょう。つまり、起こしやすい温度は480~650℃のAr′変態に相当する温度範囲と、100℃前後のAr″変態に相当する温度の2つ、また、変態を起こしにくい温度は、A1変態点直下と150~300℃の温度範囲です。言い換えると変態の開始時間が左側にあるほど容易に変態を起こしやすく、右側にずれているほど起こし難いと云うことになります。したがって、焼入れ作業においてはS曲線全体が右側にずれ、変態を起こし難いものほど容易であり、また、内部まで良く焼きが入ると云うことにあります。S曲線全体が左か右にずれるかは、オーステナイト化温度、結晶粒度、添加元素、偏析、加熱速度、表面の応力状態などによって異なります。なお、S曲線に及ぼす添加元素の影響は、

    • C:C%の相違によってS曲線の鼻、すなわち、Ar′変態はほとんど関係が無く、パーライト変態速度も影響されません。ただし、低温側におけるマルテンサイト変態は、C%が増加するほど遅くなり、Ms点が低くなる傾向を示します。
    • Mn:各温度における変態を遅らせ、右側へ移行させる傾向があります。また、1%程度では影響も小さいが、6~7%添加されると525℃位の温度における変態完了時間は約4週間と長くなります。
    • Ni:Mnと同様変態を遅らせる元素ですが、Mnほどではありあません。
    • Cr:Ar′変態を遅らせる働きはMn、C、Niよりも大きいです。Crを含んだ鋼は自硬性が大きいゆえんです。
    • Mo:Crと同様S曲線の上部変態の形を著しく変え、Ar′変態を遅らせる働きはCrよりも大きいです。
    • V:Ar′変態を遅らせる傾向がありますが、Ar′点よりも高温では逆に促進させる元素です。
    • Co:Ar′変態を促進させる元素です。また、S曲線の鼻を左側に移行させます。
    • W:パーライト変態を遅らせ、400℃以上の温度において2段の湾曲を生じさせます。Ti:全体的に変態速度を著しく大きくする元素です。
    • B:S曲線の鼻を右側へずらせ、焼きを入りやすくする働きをします。

    (3)連続冷却変態曲線(C.C.T曲線)

    オーステナイト状態に加熱した鋼を、連続的にしかも等速で冷却した時に生ずる変態の様相及び組織の変化を図示したものが連続冷却変態曲線又はC.C.T曲線と云います。S曲線と同様横軸に時間(log)を取ったもので、S曲線と併記してあります。例えば完全焼なましの場合は、パーライト変態がa1で開始し、b1で終了します。また、油焼入れの場合は、a3、a4と交わったところで一部パーライト変態を起こしますが、a4、b3の変態中止線で変態を中止し、残りはMs点と交わるところで、マルテンサイトを生じます。したがって、得られる組織は微細なパーライトとマルテンサイトの混合組織です。この曲線もS曲線同様大切ですから、是非頭の中に入れておいて下さい。

    (4)金属組織について

    熱処理作業について学習を行う前に、今までにお話ししてきた中で出てきた金属組織について、その特徴を若干解説しておきましょう。

    フェライト

    純鉄に微量(常温で0.00004%、723℃で00218%)のCを固溶したα-固溶体のことで、組織学上フェライトと云います。また、α-鉄、地鉄と呼ばれることもあります。ラテン語の鉄Ferrum(フェルーム)からきています。bccの結晶構造を持ち、A3変態点でγ-鉄に変わります。軟らかく延性に優れ、常温から780℃までは強磁性体です。顕微鏡的にはオーステナイトと同様、多角形状の集合体で腐食されにくい組織です。硬さは70~100HVです。

    セメンタイト

    FeとC(6.69%)の金属間化合物です。炭化物とも呼ばれFe3Cで表されます。金属光沢を有し硬くてもろく、常温では強磁性体ですが、213℃(A0変態:キューリ点)で磁性を失います。顕微鏡的には層状、球状、網状、針状を呈し、特に球状をしたものを球状セメンタイトと呼んでいます。耐摩耗性が要求される工具や軸受けなどではなくてはならない組織の一つです。通常は腐食され難く、白色を呈していますが、ピクリン酸ソーダのアルカリ溶液で煮沸すると黒色になります。また、Fe3Cは比較的不安定な化合物で、900℃程度の温度で、長時間加熱すると黒鉛(グラファイト)に分解します。硬さは1200HV程度です。

    パーライト

    0.77%Cの鋼がA1変態点で生じた共析晶です。フェライトとFe3Cが極く薄い層で交互に並んだもので、一見パール(真珠貝)のような色合いを示すことから、パーライトと呼んでいます。パーライトはオーステナイト状態の鋼を、ゆっくり冷やした時に得られる組織で、冷却速度の相違によって層間隔が異なるため、3つに分類しています。普通パーライト(粗パーライト)は100倍程度で層状が認められ、一般的に観察されるものです。中パーライトは1000倍位で認められず、2000倍で層間隔がわかる程度です。また、微細パーライトは焼入れ冷却途中で、S曲線の鼻にかかり、生じたもので、2000倍でも層状が認めがたい組織です。硬さは240HV程度です。

    マルテンサイト

    1891年ドイツのマルテンスによって発見された組織で、Cを固溶したα-固溶体のことです。オーステナイトを急冷したとき無拡散変態、つまり、焼入れした時に得られる組織で結晶構造は、体心正方晶及び体心立方晶とがあります。組織的には麻の葉状又は針状を呈しています。鋼の熱処理の内で最も硬くもろい組織で、強磁性を示します。このマルテンサイトを100~200℃で焼戻しを行うと、Fe3Cが析出し、若干粘り強くなりますが腐食されやすくなります。この状態のマルテンサイトを焼入れの場合と区別し、焼戻マルテンサイトと呼んでいます。硬さは0.2%Cで500HV、0.8%Cで850HV程度です。

  • 金属組織について

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第7章 金属組織について

    金属組織について(1)

    熱処理作業について学習を行う前に、今までにお話ししてきた中で出てきた金属組織について、その特徴を若干解説しておきましょう。

    フェライト

    純鉄に微量(常温で0.00004%、723℃で00218%)のCを固溶したα-固溶体のことで、組織学上フェライトと云います。また、α-鉄、地鉄と呼ばれることもあります。ラテン語の鉄Ferrum(フェルーム)からきています。bccの結晶構造を持ち、A3変態点でγ-鉄に変わります。軟らかく延性に優れ、常温から780℃までは強磁性体です。顕微鏡的にはオーステナイトと同様、多角形状の集合体で腐食されにくい組織です。硬さは70~100HVです。

    セメンタイト

    FeとC(6.69%)の金属間化合物です。炭化物とも呼ばれFe3Cで表されます。金属光沢を有し硬くてもろく、常温では強磁性体ですが、213℃(A0変態:キューリ点)で磁性を失います。顕微鏡的には層状、球状、網状、針状を呈し、特に球状をしたものを球状セメンタイトと呼んでいます。耐摩耗性が要求される工具や軸受けなどではなくてはならない組織の一つです。通常は腐食され難く、白色を呈していますが、ピクリン酸ソーダのアルカリ溶液で煮沸すると黒色になります。また、Fe3Cは比較的不安定な化合物で、900℃程度の温度で、長時間加熱すると黒鉛(グラファイト)に分解します。硬さは1200HV程度です。

    パーライト

    0.77%Cの鋼がA1変態点で生じた共析晶です。フェライトとFe3Cが極く薄い層で交互に並んだもので、一見パール(真珠貝)のような色合いを示すことから、パーライトと呼んでいます。パーライトはオーステナイト状態の鋼を、ゆっくり冷やした時に得られる組織で、冷却速度の相違によって層間隔が異なるため、3つに分類しています。普通パーライト(粗パーライト)は100倍程度で層状が認められ、一般的に観察されるものです。中パーライトは1000倍位で認められず、2000倍で層間隔がわかる程度です。また、微細パーライトは焼入れ冷却途中で、S曲線の鼻にかかり、生じたもので、2000倍でも層状が認めがたい組織です。硬さは240HV程度です。

    マルテンサイト

    1891年ドイツのマルテンスによって発見された組織で、Cを固溶したα-固溶体のことです。オーステナイトを急冷したとき無拡散変態、つまり、焼入れした時に得られる組織で結晶構造は、体心正方晶及び体心立方晶とがあります。組織的には麻の葉状又は針状を呈しています。鋼の熱処理の内で最も硬くもろい組織で、強磁性を示します。このマルテンサイトを100~200℃で焼戻しを行うと、Fe3Cが析出し、若干粘り強くなりますが腐食されやすくなります。この状態のマルテンサイトを焼入れの場合と区別し、焼戻マルテンサイトと呼んでいます。硬さは0.2%Cで500HV、0.8%Cで850HV程度です。

    金属組織について(2)

    一般的な熱処理についてお話をしましたので、それらの処理によって生じた金属組織について、前に記述しなかった組織を概略解説しましょう。

    スッテダイト

    りん化鉄(Fe3P)と含りんオーステナイトの共晶を云います。熱処理では直接関係がありませんので省きましたが、片状黒鉛鋳鉄中の含りん共晶は、このスッテダイトです。また、Pを多く含む炭素鋼にも現れることがあります。

    レデブライト

    鉄鋼材料を融液から冷却してくると、1148℃でオーステナイトとセメンタイトが同時に晶出します。この共晶をレデブライト又はウエストと呼んでいます。レデブライトのC量は4.3%です。

    複炭化物

    FeとC、Mo、W、V、Crなど2種類以上の元素が化合してできた金属間化合物を複炭化物と云います。ダイス鋼(SKD)や高速度鋼(SKH)などの高合金鋼に多く存在する炭化物で、M3C、M6C、M23C6などがあります。Mは(FeCr)、(FeMo)など添加した金属元素を表します。写真9SKD11中の複炭化物です。

    繊維状組織

    冷間で加工し塑性変形を与えれば、結晶粒は加工方向に繊維状に伸び、加工度が大きくなると結晶粒は繊維を束ねたような組織にあります。このように加工方向に伸びた組織を繊維状組織と云います。写真10はその一例ですが、伸びた方向と直角方向では強度がかなり違います。このような組織は再結晶温度以上に加熱すれば元に戻ります。

    トルースタイト

    焼入れによって得られたマルテンサイトは、α鉄に多量のCが固溶したもので、硬くてもろい性質があります。これを粘い性質にするために、Cを吐き出させる必要があります。約400℃に加熱(焼戻し)すると、硬いマルテンサイトからFe3Cの形でCを吐き出します。この組織がトルースタイトです。フェライトとセメンタイトの混合組織で、マルテンサイトに次ぐ硬さです。ばね性もありますが、さびやすいのが欠点です。フランスのトルーストによって発見されました。硬さは400HV程度です。

    ソルバイト

    この組織もフェライトとセメンタイトの混合組織です。マルテンサイトをトルースタイトよりもさらに高い温度(550~650℃)で焼戻しをすると得られます。Fe3Cがやや粗大化し、トルースタイトよりもさらに凝集した模様を呈します。軟らかくショックに強いため、じん性が要求される機械部品に多用されています。また、窒化や高周波焼入れの前処理として施されます。イギリスのソルビーが命名したもので、硬さは270HV位です。

    ベイナイト

    オーステナイト化した鋼を焼入れする際、Ar′変態とAr″変態の中間の温度で等温処理すると、得られる独特な組織です。等温処理温度が高い(450~550℃)場合は、黒色の羽毛状(パーライトに近い)の組織が、また、比較的Ms点に近い温度で処理すると、針状(マルテンサイトに近い)の組織となります。羽毛状を上部ベイナイト、針状を下部ベイナイトと云います。いずれのベイナイトも、硬さが同一ならば通常の焼入れ・焼戻し材よりも粘り強い性質を持っています。米国のベインが発見したのでこの名前が付いています。

  • 熱処理を知る

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第8章 熱処理を知る

    一般的な熱処理

    焼なまし(A)

    焼なましとは、鋼の結晶粒度を調整し、軟らかくする操作で、その目的によって種々な方法があります。いずれの場合も、

    ①A3又はA3-1変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。

    ②Ar1点直下(約700℃)でオーステナイトをパーライトに変態させます。

    (1)完全焼なまし

    一般的に焼なましと云えば、この完全焼なましのことを云います。変態点以上+50℃

    の温度に加熱した後、約25~40℃/h以下の温度で炉冷します。冷やし方は炉冷ですが、室温までゆっくりと冷やす必要はありません。臨界区域(約550℃)位まで炉冷したら、炉から取り出し後が空冷で良いのです。ただし、残留応力を嫌う場合は、400℃位まで徐冷すると良いでしょう。

    (2)等温焼なまし

    等温冷却を利用する方法です。TA温度から約600℃(S曲線の鼻より高い温度)に保った等温炉に入れ、等温変態が終了した後、取り出して空冷します。この処理は短時間で操作が完了でき、また、炉の循環的な利用も可能です。

    (3)球状化焼なまし

    パーライト中のセメンタイトを又は網状セメンタイトを球状化させるための焼なましです。球状化の方法には、

    ①Ac1点直下又は直上の温度に長時間加熱した後、ゆっくり冷やす方法。

    ②Ac1点の直上まで加熱し、Ar1点直下まで冷却を数回繰返し行う方法。

    ③簡単に球状化したい場合、また、構造用鋼など球状化がし難い鋼は、一度焼入れを行い、高温(650~700℃)で焼戻しを行うと比較的球状化が容易にできます。

    (4)応力除去焼なまし

    冷間鍛造や圧延、溶接、鋳造品などの残留応力を除去し、軟化させたり、ひずみを少なくするための処理で、一種の低温焼なましです。加熱温度は鋼の再結晶温度(約450℃)以上、A1変態点以下の温度です。通常は550~650℃が多く用いられています。冷却は徐冷(炉冷)が良いが、450℃以下は空冷でも効果的です。また、焼入変形を少なくするための前処理としての効果もあります。

    金属組織について(2)

    一般的な熱処理についてお話をしましたので、それらの処理によって生じた金属組織について、前に記述しなかった組織を概略解説しましょう。

    スッテダイト

    りん化鉄(Fe3P)と含りんオーステナイトの共晶を云います。熱処理では直接関係がありませんので省きましたが、片状黒鉛鋳鉄中の含りん共晶は、このスッテダイトです。また、Pを多く含む炭素鋼にも現れることがあります。

    レデブライト

    鉄鋼材料を融液から冷却してくると、1148℃でオーステナイトとセメンタイトが同時に晶出します。この共晶をレデブライト又はウエストと呼んでいます。レデブライトのC量は4.3%です。

    複炭化物

    FeとC、Mo、W、V、Crなど2種類以上の元素が化合してできた金属間化合物を複炭化物と云います。ダイス鋼(SKD)や高速度鋼(SKH)などの高合金鋼に多く存在する炭化物で、M3C、M6C、M23C6などがあります。Mは(FeCr)、(FeMo)など添加した金属元素を表します。

    繊維状組織

    冷間で加工し塑性変形を与えれば、結晶粒は加工方向に繊維状に伸び、加工度が大きくなると結晶粒は繊維を束ねたような組織にあります。このように加工方向に伸びた組織を繊維状組織と云います。この組織は、伸びた方向と直角方向では強度がかなり違います。このような組織は再結晶温度以上に加熱すれば元に戻ります。

    トルースタイト

    焼入れによって得られたマルテンサイトは、α鉄に多量のCが固溶したもので、硬くてもろい性質があります。これを粘い性質にするために、Cを吐き出させる必要があります。約400℃に加熱(焼戻し)すると、硬いマルテンサイトからFe3Cの形でCを吐き出します。この組織がトルースタイトです。フェライトとセメンタイトの混合組織で、マルテンサイトに次ぐ硬さです。ばね性もありますが、さびやすいのが欠点です。フランスのトルーストによって発見されました。硬さは400HV程度です。

    ソルバイト

    この組織もフェライトとセメンタイトの混合組織です。マルテンサイトをトルースタイトよりもさらに高い温度(550~650℃)で焼戻しをすると得られます。Fe3Cがやや粗大化し、トルースタイトよりもさらに凝集した模様を呈します。軟らかくショックに強いため、じん性が要求される機械部品に多用されています。また、窒化や高周波焼入れの前処理として施されます。イギリスのソルビーが命名したもので、硬さは270HV位です。

    ベイナイト

    オーステナイト化した鋼を焼入れする際、Ar′変態とAr″変態の中間の温度で等温処理すると、得られる独特な組織です。等温処理温度が高い(450~550℃)場合は、黒色の羽毛状(パーライトに近い)の組織が、また、比較的Ms点に近い温度で処理すると、針状(マルテンサイトに近い)の組織となります。羽毛状を上部ベイナイト、針状を下部ベイナイトと云います。いずれのベイナイトも、硬さが同一ならば通常の焼入れ・焼戻し材よりも粘り強い性質を持っています。米国のベインが発見したのでこの名前が付いています。

    表面改質熱処理

    前述したごとくバルク材の表面も内部も同時に、目的とする特性に変える処理を一般熱処理と呼びましたが、ここでは表面のみを改質する熱処理、特に表面硬化熱処理について概略解説しましょう。

    表面硬化の種類

    表面硬化処理には物理的硬化法と化学的硬化法の2つがあります。物理的な硬化法は、表面の化学成分を変えることなく、焼入れだけで硬くする方法です。高周波焼入れ、炎焼入れ、レーザ焼入れなどがあります。化学的な方法は、表面の化学組成を変えて、硬化させる方法で浸炭、窒化、浸硫窒化、ボロナイジング、拡散浸透処理などがこれに該当します。いずれの場合も表面を硬くし、耐摩耗性、耐疲労性、耐食性、耐熱性などの向上が目的ですが、これらの処理のどれを選ぶかは、母材との兼ね合いもあって大切な問題の一つです。

    物理的硬化法
    高周波焼入れ(JIS記号HQI)

    高周波誘導加熱によって鋼を焼入れする場合、コイルと被加熱物に流れる電流は、周波数が高くなるにしたがい、それぞれの表面に集中してくる性質があります。この現象を表皮効果と呼んでいます。コイルと被加熱物に流れる電流は、向きが互いに反対方向であり、周波数が高くなるとこの表皮効果によって、反対方向の電流がますます接近して流れるので電気抵抗が少なくなります。被加熱物の表面のみが発熱するのはそのためです。電流の流れる表面の深さ(d)と周波数(f)との間には、次のような関係式があります。

    d=5.03×103√ρ/(μ・f)

    ただし、d:透過深さ(cm)、ρ:固有抵抗(μΩ・cm)、f:周波数、(Hz/sec)、 μ:透磁率、

    つまり、簡単に云えば電流の周波数が高くなるほど、加熱深さが浅くなります。例えば周波数10KHzの時は焼入れ深さは5mmとなります。表15に高周波発生装置の種類と特徴を示しましたが、現在では周波数の範囲が広い、サイリスタインバータ式の発振機が多用されています。高周波焼入れの特徴は、

    (1)直接加熱ですから熱効率が良く、作業時間が短い。
    (2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。
    (3)短時間加熱、急冷処理のため酸化、脱炭、変形が少ない。
    (4)作業の標準化、自動化が容易である。
    (5)急熱、急冷のため表面に大きな圧縮残留応力が生じ、耐摩耗性のみならず耐疲  労性も向上する

    などが挙げられます。

    高周波焼入加熱は、コイルによって行われますので、被加工品の寸法、形状に適したコイルの作成が重要です。コイルの種類には外面用、内面用、平面用などがありますが、コイルの選定は経験的な要素が多々あります。

    高周波焼入れは、一般的に機械構造用炭素鋼及び低合金鋼が多く用いられていますが、急速加熱のため、炭化物が十分固溶しない内に温度が上昇し、Ac3変態点は鉄-炭素系状態図の場合よりも若干高くなります。したがって、高周波焼入れ硬さは、焼入れ前の素地組織によって大きく影響されます。ソルバイト組織のものは炭化物が十分に固溶しますので、焼入れ硬さは高くなります。硬さの表示は有効硬化層深さと全硬化層深さの2つがあります。有効硬化層深さは50%マルテンサイト(これをハーフマルテンと呼んでいます)までの深さに該当し、鋼のC%によってその限界硬さが決められています。また、全硬化層深さは母材の硬さまでの深さを採用しています。

    冷却剤は水溶性冷却液が一般的に多く用いられ、冷却方法は大きな冷却速度が得られる噴射式が多用され、クランクシャフト、歯車、カム、ロール、シリンダライナなどに施されています。

    炎焼入れ(JIS記号HQF)

    アセチレンガス、都市ガス、プロパンガスなどと酸素との火炎によって、鋼の表面のみを加熱し、焼入れする操作です。高周波の場合は誘導電流によって自己発熱する内熱式に対し、炎の場合は外熱式です。いずれにしても耐摩耗性や耐疲労性の向上を目的とした処理です。特徴としては、

    (1)被処理品の形状や寸法に制限を受けない。
    (2)局所焼入れが可能で、硬化層深さの選定も比較的容易である。
    (3)急速加熱、冷却のため酸化、脱炭、変形が比較的少ない。
    (4)肉薄部品の局所焼入れは不向きである。

    などが挙げられます。

    焼入れ用の炎は、中性炎を用い最高温度の部分を利用します。また、高周波焼入れのコイルと同様に、炎焼入れにおいては火口の設計が重要なポイントです。火口は燃料ガスの種類や被加熱物の形状、大きさ、焼入れ硬化深さなど目的によって設計が変わり、ガスと酸素の混合形式から、元混合形、先混合形に、また、炎の形成上から孔及びスリットがあります。なお、用いる鋼は高周波焼入れの場合と同じであり、有効硬化層深さも同じと考えて良く前表を採用しています。また、表面硬さは大体次式によって推定ができます。

    HRC=15+C Cは(%×100を表します)

    高周波の場合も同様ですが、焼入れした後は必ず焼戻しを行います。

    レーザ焼入れ

    レーザ焼入れは、高エネルギー密度のレーザビームを鋼部品の表面に照射して加熱し、自己冷却作用によって焼入硬化させる方法です。レーザ発振装置には炭酸ガスレーザ、YGレーザ、プラズマレーザ、エキシマレーザなど色々ありますが、焼入れに用いているのは、炭酸ガスレーザが多いようです。レーザビームによる加熱は超急速であり、また、焼入れも冷却剤は用いず自己冷却です。したがって、短時間に小さい面積で局所焼入れができ、ひずみの発生も少ない利点があります。一般的に焼入れ後は焼戻しを行いません。

    電子ビーム焼入れ

    電子ビーム焼入れは、真空中で電子ビームを被処理物の表面上を走らせながら加熱し、自己冷却によって焼入れる方法です。真空を用いる不便さはありますが、酸化や脱炭などが無く良好な結果が得られます。また、比較的熱効率も良く、今後機械部品の小局所表面焼入硬化に多用されることと思います。

    化学的硬化法
    浸炭(JIS記号HC)

    低炭素鋼(通常肌焼鋼と云っています)の表面にCを浸透拡散させ、高炭素としたのち、これを焼入れして表面を硬くする方法を浸炭と呼んでいます。浸炭焼入れには固体浸炭、液体浸炭、ガス浸炭の3種類がありますが、色々な理由から現状ではガス浸炭焼入れが主流です。表17は各種の方法について特徴を示したものです。いずれの場合も、表面が硬く内部が軟らかいため、耐摩耗性、耐疲労性に優れています。使用鋼は一般的に低炭素鋼が用いられ、次のような条件を満たしていることが必要です。

    (1)浸炭温度に加熱した際、結晶粒の粗大化を起こさないこと。
    (2)硬化層の硬さが高く、耐摩耗、耐疲労、高じん性を有すること。
    (3)内部の被硬化部においても、結晶粒が粗大化せず、高じん性を有すること。
    (4)浸炭を阻害する元素が少なく、遊離の炭化物を作る元素が含まれていないこと。
    (5)加工性が良く、価額も安いことなどが挙げられます。

    固体浸炭(HCS)

    固体浸炭は、浸炭箱に処理品と木炭を主成分とした浸炭剤を積め、ふたで密閉をして行う処理です。この方法は各種の浸炭法の中で最も歴史が古く、炉の設備や作業法も簡単ですが、常に品質を一定に保つことが難しく、また、作業環境も悪いことから現在ではあまり行われていません。浸炭機構は基本的には、ガス浸炭の場合と同じです。箱内に詰められた浸炭剤は箱内に存在する酸素と反応し、炭酸ガス(CO2)となり、さらにCO2は炭素と反応して、一酸化炭素(CO)となります。

    C+O2→CO2
    C+CO2⇔2CO

    このCが鋼の表面で分解して(C)となります。この(C)は通常のCと異なり、活性化炭素と云っています。実際には

    Fe+2CO→[Fe-C]+CO2

    によって浸炭が行われます。

    液体浸炭(HCL)

    青酸カリ、青酸ソーダなど青化物を主成分とする塩浴を用い、約900℃に加熱した浴中に処理品を浸漬して浸炭します。浸炭層のコントロールは処理時間と温度によって行い、低温で短時間の場合は薄い浸炭層が、また、高温で長時間になると厚い浸炭層が得られます。しかしながら、シアン公害の問題から最近では斜陽傾向にあり、シアンを含まない液体浸炭も開発されています。

    ガス浸炭(HCG)

    天然ガス、都市ガス、プロパン、ブタンガスなど変成した浸炭性ガスあるいは液体を滴下し発生した浸炭性ガス中で処理品を加熱し、浸炭を行う方法です。ガス浸炭には一般的なガス浸炭の他真空炉を用いた真空浸炭、プラズマを利用したプラズマ浸炭(イオン浸炭とも云っています)、また、メタノールなどの液体を浸炭炉内に滴下し、その分解ガスによって浸炭を行う滴注式浸炭法などがあります。現在では特別な場合を除き、品質管理、生産性、公害などの観点から、このガス浸炭法が汎用されています。浸炭機構は固体浸炭の場合と同様です。ガス浸炭処理で最も留意すべき点は粒界酸化の問題です。できるだけ粒界酸化を防ぎ、また、残留オーステナイトの生成を抑えることが大切です。従来の浸炭は表面の炭素濃度を共析組成(0.78%)とし、焼入れによって得られたマルテンサイトにより耐摩耗性の改善を図っていましたが、この状態では、摩擦熱による温度上昇や高い温度雰囲気中で使用する場合などは、軟化現象が生じ寿命が低下することがあります。このような現象を防止する目的から、表面近傍の炭素濃度を3%前後まで上昇させ、球状化して分散させた炭化物分散浸炭なども行われています。

    浸炭窒化

    浸炭と同時に窒化処理も行う方法です。古くは青酸ナトリウム(NaCN)や青酸カリ(KCN)を主成分とする塩浴を用い、750~850℃で処理していたものが、これに相当し液体浸炭窒化と呼ばれていました。シアンを用いるこの方法も、前述のシアン公害の問題から斜陽傾向にあります。しかしながら、ガスによる浸炭窒化の場合は、比較的焼入性の低い材料に適用でき、若干残留オーステナイトが生成し易いが、通常浸炭よりも低温で処理が可能なため、利用頻度が多くなってきています。この処理法は通常のガス浸炭性ガス雰囲気中に0.5~1.0%のアンモニア(NH3)を添加し850℃前後の温度で行います。

    窒化処理

    窒化処理は鋼の表面に活性化窒素(N)を浸透させて、表面を硬くする方法です。鋼の表面にNが入ると表18のような窒化物を作ります。この窒化物は非常に硬いため、処理状態で用います。したがって、浸炭のような焼入れ操作は必要としません。処理温度はA1変態点以下のα-Fe区域(510~570℃)です。処理温度が低いため焼割れや焼ひずみの心配もありません。鋼中に入るNはアンモニアなどが熱分解してできた発生期のNが必要で、この窒素と親和力の強いAl、Cr、Moなどが鋼中に存在していることが重要です。特にCr、Moは不可欠成分です。JISで規定されているSACM645はAl、Cr、Moが含まれている窒化専用鋼です。もちろんSCMやSKDなども窒化処理を行って用いています。

    表面に生成される窒素化合物は前述したFe2N、Fe2-3N、Fe4Nであり、白層と呼ばれている最表面の相はFe2-3Nです。いずれにしても、調質をしてから窒化処理をするのが基本です。なお、窒化防止にはSnめっき又はNiめっきなど行います、これをマスキングと云っています。

    窒化硬化層深さには全硬化層深さと実用硬化層深さの二つがあります。全硬化層深さは測定が困難なため、母材の硬さよりも50HV高い、実用硬化層深さのほうが良く採用されています。

    ガス窒化(HNTG)

    1923年、A.Fryによってアンモニアの分解ガスを用いたのが最初です。500~550℃に加熱したアンモニア分解ガス中で、50~150時間処理します。この時のアンモニアの分解率は30%前後にします。この処理によって深さ0.2~0.3mm、1000~1200HVの硬さが得られます。耐摩耗性、耐食性に優れた特性が得られますが、処理時間の長いのが欠点です。

    プラズマ窒化(イオン窒化)

    窒化時間の長いのを補う目的で開発されたのがプラズマ窒化です。イオン窒化とも呼んでいます。この処理は低減圧の真空中により、放電によって行うガス窒化の一種です。図36に示すごとく、処理物を陰極、容器を陽極とし0.5~10Torrの真空中で約500Vの電圧をかけ放電を行います。この時アンモニアを導入すると窒化が行われるのです。窒化時間は数時間で良く、ガスも節約でき公害もありません。また、処理温度は450~570℃です。処理雰囲気には窒素と水素の混合ガスが多く用いられています。

    塩浴軟窒化(HNTT)

    塩浴軟窒化の代表的な処理はタフトライドです。この処理は青酸カリや炭酸カリなどをチタンるつぼに入れて溶融し、この中に空気を吹き込みながら処理を行う方法です。処理温度は570℃前後、時間は30~240分程度、加熱後は油冷か水冷を行います。用いられる鋼はオールマイティと云っても過言ではない位全ての材料に適しています。ただ、シアンの問題があり、最近ではシアン公害をゼロにした処理も開発されています。ガス窒化やプラズマ窒化と大きく異なる点は、後述するガス軟窒化と同様に、窒素と炭素が同時に侵入し、炭窒化物が形成されることです。写真14は塩浴軟窒化処理鋼の一例です。

    浸硫窒化

    窒素と硫黄を同時に侵入拡散させる処理です。塩浴軟窒化性浴の中に硫黄化合物を添加し、窒素化合物と硫黄化合物を同時に鋼表面に生成させる方法です。この処理には高濃度のものと低濃度の処理があり、また、比較的低温で行う電解浸硫窒化処理も行われています。いずれの場合も耐摩耗性と耐焼付き性が改善されます。

    ガス軟窒化

    軟窒化をガスによって行う方法で、公害は全くありません。この処理にはアンモニアガスと浸炭性ガスを混合して使う場合と、尿素を分解して用いる方法とがあります。

    アンモニアガスと浸炭性ガスを1:1の割合で混合して用いる軟窒化は、ガス軟窒化の主流です。この他窒素ガスベースのものもあります。また、尿素の熱分解で生じたCOとNで軟窒化を行う方法もあります。処理温度や時間は他の軟窒化法と同じです。写真15は金属組織であり、表面の白層がε窒化物(Fe2-3N)です。

    ボロナイジング(ほう化処理)

    鋼の表面にFeB(約2000HV)、Fe2B(約1600HV)のボロン化合物を生成させ、これらの持つ高い硬さ値と非金属的物性によって耐摩耗性、耐焼付き性の改善を図る処理をボロナイジング又はほう化処理と呼んでいます。処理方法には固体、液体、気体の3通りがあります。いずれも日本では余り行われていませんが、ヨーロッパでは耐摩耗部品や金型類に汎用されています。最表面には処理方法と条件によって異なりますが、反応生成物としてFeB、Fe2Bが生成されます。耐摩耗性の観点からはFe2B単相の方が好ましいです。処理温度は1000℃前後の高温で行われるため、ひずみの発生があります。これらを考慮して処理することが大切です。

    炭化物被覆処理

    炭化物被覆処理法にはPVD(物理的蒸着法)やCVD(化学的蒸着法)のようなドライコーティング、TRD(VC炭化物コーティング)のようなウエットコーティングの2通りがあります。いずれの場合も鋼表面に硬い炭化物あるいは窒化物を生成させる方法です。PVDやCVDには色々な方法があり、硬質皮膜もTiN、TiC、TiCN、TiAlNなど、また、硬質皮膜のみならず光学的、物理的皮膜が種々検討され、すでに実用化されている皮膜も少なくありません。また、TRDは表面に硬いVC炭化物を生成させるもので、すでに実用化され金型など広範囲で使用されています。この処理は、素地と炭化物層の相互拡散によって密着強さが高く、はく離を起こし難い特徴がありますが、高温処理のため大きなひずみが発生しやすく、この問題解決にはある程度の経験が必要です。なお、最近ではα区域の低温で炭窒化物被覆する方法も開発されています。

    水蒸気処理(ホモ処理)

    鉄には一酸化鉄(FeO)、三酸化鉄(Fe2O3)、四酸化鉄(Fe3O4)の3種類の酸化鉄があります。FeOは白さび、Fe2O3は赤さび、Fe3O4は黒さびと云われています。Fe3O4は多孔質で硬く、耐食性に富んでいるので表面改質に利用されます。この膜を作るのには水蒸気を用います。赤さびが生じないように、加圧水蒸気を350~400℃に予熱した後、500℃前後に加熱した過熱水蒸気を処理品に通じるとFe3O4膜ができます。温度が高すぎたり、時間が長すぎたりするとFe3O4はFe2O3に変化してしまいますので注意をして下さい。ます。

    焼ならし(N)

    鋼を標準状態、つまり、ノーマルな状態にする処理です。前加工の影響を除き、結晶粒を微細にし機械的性質の改善を目的としています。処理方法は、

    ①A3又はAcm変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。

    ②冷却は空中放冷です。

    (1)普通焼ならし

    所定の温度から常温まで、大気中で放冷する操作を普通焼ならしと云います。冷却は大気放冷で十分であるが、大気の状態、気温、風向き、部品の大きさなどによって、所定の硬さが得られない場合があります。特にNiを含んだ構造用合金鋼は自硬性が強いため、軟化しないことがあります。このような場合には、焼戻しによって目的とする硬さにしなければなりません。この操作をノル・テンと云います。

    (2)等温焼ならし

    S曲線の鼻の温度に相当する等温炉に挿入し、等温変態が終了した後取り出して空冷を行います。鼻までの冷却時間は速い方が良く、熱風冷却が用いられます。この処理は鋼の被切削性を向上させるのに有効です。別名をサイクル・アニリーングとも呼んでいます。

    焼入れ(Q)

    この処理は鋼を硬く、強くするために行う熱処理です。硬く焼きを入れるにはオーステナイト化温度から急冷を行うことが必要です。急冷をクエンチング、硬くすることをハードニングと云いますが、急冷が必ずしも焼入れではありません。急冷しても硬くならない時は水靱処理(SC、MnH材)とか固溶化熱処理(SUS304材)とか呼んでいます。したがって、焼入れの場合はクエンチング・ハードニングと呼ぶのが正解でしょう。なお、焼入れのルールは、

    ①A3又はA3-1変態点以上+50℃に加熱し、十分にオーステナイト化させます。

    ②臨界区域を急冷し、危険区域は徐冷します。オーステナイト化温度は、焼入れルールの内で最も大切なのは急冷方法です。臨界区域のみを急冷し、危険区域は徐冷する。そのためには、種々知恵を出さなければなりません。臨界区域を速く冷やすには水や油を使いますが、水は危険区域までも速く冷やし、焼割れや変形が生じやすくなります。油では火災などの危険性もあります。そこで最近ではポリマー焼入冷却剤が活用されていますが、オールマイティではありません。焼入冷却のコツとして、割れず、硬く焼入れるには〔速く、ゆっくり〕冷やすことです。どうしたら良いでしょう。ここが熱処理屋のノウハウなのです。

    (1)引上げ焼入れ

    速く、ゆっくり冷却を行う方法は、引上げ焼入れです。時間焼入れとも云っていますが、これはオーステナイト化温度から焼入液の中に投入後、ある時間経過したところで引上げてゆっくり冷やす方法です。焼入液の中に漬けておく時間は、液の種類と処理品の大きさによって違いますが、大体の目安は、

    水焼入れ:品物の直径3mmにつき1秒間水浸漬

    油焼入れ:品物の直径3mmにつき3秒間油浸漬
    (板厚の場合は浸漬時間は50%増)

    です。浸漬後は引上げて空冷で良いのですが、水の場合は空冷よりも油冷が効果的です。

    (2)マルテンパー

    この方法は〔割れず、硬く、曲がらず〕焼きを入れるのに、最も適した処理方法の1つです。油又は塩浴をMs点の温度付近に保ち、この熱浴に焼入れし、表面と内部が同じ温度になった頃見計らって引上げます。

    (3)オーステンパー

    マルテンパーよりもさらに高い温度(300~500℃)の熱浴を用い、この中に焼入れを行い変態が完了したら引上げて空冷を行います。この処理はS曲線を上手に使うことと、部品を変態終了まで保持しなければならないため、あまり大物は処理できません。得られる組織をベイナイトと云い、焼戻し無しでも相当硬く、また、じん性があります。S曲線の鼻直下のオーステンパーで得られる組織を上部ベイナイト、Ms点に近いところでベイナイト変態を起こさせた組織を下部ベイナイトと呼び、硬さは処理温度が低い方が大きな値を示します。

    焼入れの注意事項
    (1)焼入冷却液

    焼入冷却液の種類と性能には、水、油、熱浴種々ありますが、水は冷たく人肌以下に、油は熱く80℃程度が常識です。水が人肌以上になると冷却速度が小さくなり硬くなりません。また、油は温度が低いと粘性が高くなり、冷却速度が遅くなります。油の場合はホットクエンチと云って、120~150℃程度に温度を上げて用いていることもあります。これは焼入ひずみが少なくなるので、精密部品の焼入れなどに利用されています。焼入冷却液の冷却能力は、撹拌の程度によっても異なります。均一に急速冷却するためには、工夫をし十分に撹拌する必要があります。まず、真っ赤に加熱された鋼を冷却剤中へ投入します。鋼に触れた液体の表面は、沸点まで温度が上昇しますが、この一瞬の間鋼の表面は熱を奪われますから、温度がわずか下がります。続いて鋼の表面は薄い蒸気膜で全面が覆われます。この蒸気膜は断熱の働きをするため、冷却は緩やかとなります。この段階を蒸気膜段階と云います。さらに鋼に触れている部分は、猛烈に沸騰を始め蒸気の泡が出ます。この蒸気が鋼から離れるとき熱を奪い冷えてくるのです。この段階を沸騰段階と呼んでいます。また、冷え始める時の温度を特性温度と云っています。この段階は非常に重要で、焼きが入るか否か、つまり前述した臨界区域に相当するところです。なぜ均一に十分撹拌しなければならないか、理解をして頂けたと思います。さらに鋼の温度が下がり、約400℃位になると沸騰もおさまり、対流をし始め冷却が緩やかになります。この段階を対流段階と云います。この後の冷却でマルテンサイト変態が開始するのです。この段階が速いと焼割れや焼ひずみが生じやすくなります。また、同じ液でも部品の形状や大きさによって、冷え方が異なります。焼入れに当たっては、この冷え方を十分に頭に入れて、各部が一様に冷えるよう考えましょう。

    (2)焼入硬さ

    焼入れを行うと硬くなります。工具鋼材の場合はW、Cr、Vなどの合金元素によって変わりますが、構造用鋼の場合は、含まれているC%の量のみによって変化し、合金元素には影響されません。つまり、構造用鋼の場合は、

    最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5C%(フル・マルテン)

    最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5C%(ハーフ・マルテン)

    例えばS45Cの場合には、

    最高焼入硬さ(HRC)=30+0.5×45=53

    最低焼入硬さ(HRC)=20+0.5×45=43

    になります。この関係式はSCM435などの場合においても同じです。

    (3)焼入深さ

    焼きがどの程度の深さまで入ったかは、含まれている化学成分によって大きく影響されます。この焼入深さを左右する性質を焼入性と云います。焼入性に最も影響を及ぼすのがC%です。次はB、Mn、Mo、Crに順で影響をしますが、SiやNiはそれほど影響をしません。また、焼入性にはオーステナイト化温度における結晶粒度の大きさも影響します。結晶粒が粗いほど焼入性が大きく、深く硬化します。一般的に焼入性が大きい鋼(特殊鋼)は油焼きで十分硬くなりますが、小さい鋼(炭素鋼)は水焼入れでなければ硬くなりません。

    ④質量効果:同じ成分の鋼でも太さや厚みが異なると、硬さが入り難くなります。つまり、硬さと深さは鋼材の質量によって変化するのです。これを焼入れの質量効果と呼んでいます。質量効果が大きいと云うことは、鋼材の大きさによって硬化の差が大きいことを意味し、大物になるほど焼きが入りにくと云うことになります。また、逆に質量効果が小さいと云うことは、質量による影響が小さく、大物まで良く焼きが入ると云うことになります。一般的に炭素鋼は質量効果が大きく、特殊鋼は小さいと云えましょう。

    焼戻し(T)

    焼戻しとは焼入れ又は焼ならしを行った鋼について、硬さを減少させ粘さを増加させる目的で行う熱処理です。一般的に焼戻温度は粘さを目的とする構造用鋼などの場合は、400℃以上の温度で、また、硬さを必要とする場合には200℃前後の温度です。高温の場合を高温焼戻し又は調質、低温の場合は低温焼戻しと呼んでいます。なお、焼ならしの後に行う場合はノル・テンと云っています。いずれの場合も、

    ①A1変態点以下の温度で加熱します。

    ②SKD、SKH材を除き、高温焼戻しの場合は急冷、低温焼戻しは空冷です。

    焼戻しは原則として、焼入れ直後に行います。焼入れ後長時間放置しておくと、置割れが発生する場合があるからです。焼戻保持時間は1時間程度を標準にしていますが、長時間1回行うことよりも、短時間で2~3回繰返し行う方が効果的です。また、焼戻し温度においては、ぜい性を起こす温度があるから、注意をする必要があります。

    低温焼戻ぜい性=300~400℃

    (鋼材特有な性質ですからこの温度では絶対に行ってはいけません)

    高温焼戻ぜい性=550~650℃

    (空冷を行うと生じます。加熱温度から必ず急冷をしましょう)

    (1)低温焼戻し

    高い硬さと耐摩耗性が要求される工具類やゲージ類には、この低温焼戻しが行われなます。焼戻温度は150~200℃であり、保持時間は1時間が原則です。低温焼戻しによって、硬くてもろい焼入マルテンサイトが、粘い焼戻マルテンサイトに変化します。また、焼入れによるストレスが除去でき、経年変化の防止、研磨割れの防止、耐摩耗性の向上などに役立ちます。

    (2)高温焼戻し

    高温焼戻しは強じん性が要求されるシャフト類、各種の歯車類、また、SKHやSKDなどの工具類に適用されます。強じん性を必要とする場合には、550~650℃に1時間程度加熱し、高温焼戻ぜい性阻止のため急冷をします。得られる組織は約400℃焼戻しでトルースタイト、約600℃でソルバイト組織となります。いずれの場合も基本的にはフェライトとセメンタイトの混合相です。また、焼戻硬化用の戻し温度は500~600℃で、冷却は空冷です。この処理によって、焼入れによって残っていたオーステナイト(残留オーステナイト)がマルテンサイトに変態します。したがって、急冷では焼割れと同じような割れを生ずる恐れがあるからです。1回目の焼戻しで残留オーステナイトをマルテン化させ、2回目で本来の意味の焼戻しと云うことになります。つまり、硬化用では必ず2回以上は行う必要があります。

    なお、焼戻温度と長さの関係には、3つの段階が考えられます。

    第1段階:80~160℃の範囲で収縮が起こります。これは正方晶のマルテンサイトの分解とFe2.3Cの析出が起こるためです

    第2段階:230~280℃の範囲で起こる膨張です。これは残留オーステナイトが下部ベイナイトに分解する過程です。残留オーステナイトが存在しない鋼やサブゼロ処理した鋼には現れません。

    第3段階:300℃位に現れる大きな収縮で、立方晶のフェライトとセメンタイトが出現するため、大きな収縮が起こります。また、一般的に硬さはセメンタイトが析出し、さらに凝集してくると低下する現象を示しますが、高速度鋼や合金鋼のような合金鋼は500~600℃焼戻しにおいて上昇します。このようにある温度で硬さが上昇する現象を二次硬化現象と云っています。これは残留オーステナイトのマルテン化と複炭化物の析出によるものです。なお、高温焼戻しで硬さが低下する度合いを、焼戻し軟化抵抗が大きい、小さいと表現をしています。したがって、Ⅳ形の硬さ曲線を示す高合金熱間金型用鋼などは、高温での軟化抵抗が大きいといえましょう。

    サブゼロ(深冷処理)

    サブゼロ処理は深冷処理とも呼ばれているもので、0℃以下の温度に冷やす処理です。焼入れした鋼中には多少(10~30%)に関わらず写真8に示す残留オーステナイトが存在しています。このオーステナイトは置狂いや置割れの原因となるばかりでなく、硬さの低下もきたしています。したがって、0℃以下の温度に冷やし、人為的にマルテンサイト化させる必要があります。サブゼロ処理はその1つの方法です。寒剤にはドライアイス、炭酸ガス、液体窒素などがあります。ドライアイスとアルコール(メチル、エチルどちらも可)で約-80℃、炭酸ガスで-130℃、液体窒素では-196℃まで冷やすことができます。-80℃程度までのサブゼロを普通サブゼロ、-130℃以下の温度を超サブゼロと云い、温度が低い方が耐摩耗性向上には効果的です。処理時間はその温度になってから30分程度で良く、保持後は空冷でも良いが、水中か湯中に投入することがベターな方法です。これをアップ・ヒルクエンチングと云っています。処理後は所定の焼戻しが必要です。

  • 焼きなまし

    熱処理技術講座 >> 「熱処理のやさしい話」

    第9章 焼なまし・焼ならし

    (1)焼なましについて

    焼なましとは、鋼の結晶粒度を調整し、軟らかくする操作で、その目的によって種々な方法があります。いずれの場合も、

    ①A3又はA3-1変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。
    ②Ar1点直下(約700℃)でオーステナイトをパーライトに変態させます。

    (2)完全焼なまし

    一般的に焼なましと云えば、この完全焼なましのことを云います。変態点以上+50℃の温度に加熱した後、約25~40℃/h以下の温度で炉冷します。

    冷やし方は炉冷ですが、室温までゆっくりと冷やす必要はありません。臨界区域(約550℃)位まで炉冷したら、炉から取り出し後が空冷で良いのです。ただし、残留応力を嫌う場合は、400℃位まで徐冷すると良いでしょう。

    (3)等温焼なまし

    等温冷却を利用する方法です。TA温度から約600℃(S曲線の鼻より高い温度)に保った等温炉に入れ、等温変態が終了した後、取り出して空冷します。この処理は短時間で操作が完了でき、また、炉の循環的な利用も可能です。

    (4)球状化焼なまし

    パーライト中のセメンタイトを又は網状セメンタイトを球状化させるための焼なましです。球状化の方法には、

    ①Ac1点直下又は直上の温度に長時間加熱した後、ゆっくり冷やす方法。
    ②Ac1点の直上まで加熱し、Ar1点直下まで冷却を数回繰返し行う方法。
    ③簡単に球状化したい場合、また、構造用鋼など球状化がし難い鋼は、一度焼入れを行い、高温(650~700℃)で焼戻しを行うと比較的球状化が容易にできます。

    (5)応力除去焼なまし

    冷間鍛造や圧延、溶接、鋳造品などの残留応力を除去し、軟化させたり、ひずみを少なくするための処理で、一種の低温焼なましです。加熱温度は鋼の再結晶温度(約450℃)以上、A1変態点以下の温度です。通常は550~650℃が多く用いられています。冷却は徐冷(炉冷)が良いが、450℃以下は空冷でも効果的です。また、焼入変形を少なくするための前処理としての効果もあります。

    焼ならし(N)

    鋼を標準状態、つまり、ノーマルな状態にする処理です。前加工の影響を除き、結晶粒を微細にし機械的性質の改善を目的としています。処理方法は、

    ①A3又はAcm変態点以上+50℃に加熱し、完全にオーステナイト化させます。
    ②冷却は空中放冷です。

    (1)普通焼ならし

    所定の温度から常温まで、大気中で放冷する操作を普通焼ならしと云います。冷却は大気放冷で十分であるが、大気の状態、気温、風向き、部品の大きさなどによって、所定の硬さが得られない場合があります。特にNiを含んだ構造用合金鋼は自硬性が強いため、軟化しないことがあります。このような場合には、焼戻しによって目的とする硬さにしなければなりません。この操作をノル・テンと云います。

    (2)等温焼ならし

    S曲線の鼻の温度に相当する等温炉に挿入し、等温変態が終了した後取り出して空冷を行います。鼻までの冷却時間は速い方が良く、熱風冷却が用いられます。この処理は鋼の被切削性を向上させるのに有効です。別名をサイクル・アニリーングとも呼んでいます。